突っぱねられて、朝子は悲しい顔をした。そういう態度で素子が自分の個性にだけ立てこもって二人の距離をひらいてゆくようなのが、朝子にはこわくてまた悲しいのであった。それなり暫く朝子は傍に佇んでいたが、やがて自分の机へ引かえした。到頭、そんなことを云わないで、という言葉が朝子の口を出得なかった。今度の問題は、素子がそれほど恣意的に振舞う筈のものだろうか。そういう素子を隔たった眼で眺める心が、朝子のうちにもかき立てられた。
窓の外に視線をやって頬杖をついていたら、顔をこっち迄現わさないで、素子が新版の大きい辞典を机のはじへ突き出してよこした。
「それを見れば大抵のものはある――」
朝子は無言でしずかにそれを自分のよこへ置き直した。
自分の心のうちの動揺を整理してゆく手がかりにも思えて、朝子は一心に誰の助けもかりずその仕事をつづけているのであった。
その間にも素子は、二人が帰国の準備として立てていた計画を決して変えようとせず、躊躇したり見合わせたりせず、今は、どっちみち自分は帰るんだからと押し出したテンポで着々すすめて行った。そのことのために、自分は益々机と本とにつながれ、朝子はやは
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