好意があるならば、きっと自分がこれから起きたりころんだりしつつ、なおそれを愛し価値あるものにして行こうとする誠意をもよみしてくれるだろう。
 朝子はその夜殆ど睡らなかった。次の朝はこの北の都に初雪が降った。窓の前にある建物の屋上に浅くつもった雪の反射で、朝子たちの薄青い部屋のなかは透きとおった清潔な明るさに充たされ、いつもより広々したような感じになった。朝の茶をのみ終ったとき、朝子はしずかな声で、
「私帰ることにきめたことよ」
と云った。素子が何か云いそうに口をすこしあけた。が、言葉は出なかった。やはりあたり前の心でいられなくなって、朝子は立って窓べりにゆき、朝の微かなどよめきの中に白く燦いている屋根屋根を眺めやった。



底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第五巻」河出書房
   1951(昭和26)年5月発行
初出:「文芸」
   1940(昭和15)年1月号
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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