私たちが近頃目撃する現代の世界の状態は、人間にそういう幸福への共通な希望と解決の方向がわかっているにしては、まるで逆を行っているように思える。その逆もあんまり逆だといいたいほどでさえある。人類の誇りである智慧さえ、玲瓏無垢な幸福をつくるために役立てられるというより、死力をつくして黒煙を噴き出し火熱をやきつかせるために駆使されているようではないか。
目前の凄じい有様にきもをひやされて、人々はこれらの現実の中に幸福はないと結論し、その結論を更にひろめて、社会と個人のいきさつを、社会全体の進歩の中に見てそこに幸福をうち立ててゆくというような考えかたの方向は、現実に即していないという気持になり勝ちである。そして、自分にとって一番つかみやすい、一番たやすい、今日の自分だけの暮しの現実を小さく肯定するに一番便利ななにかの手がかりとなる観念に幸福というものの内容をゆだねて、それで簡単にかためてしまい勝ちである。世のなかの複雑な動きのあやから眼をはなさず、そのあやに織り込まれている自分の一生の意味を理解するところにいいつくせない面白さをも見出して生きて行こうとはせず、動的な現象事象から離れたどこ
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