価というものはありません。省線の切符が三倍になりましたが、私は女ですからこれだけしか払いませんよ、といっても通用しないのであります。
また、学生生活をなさっていらっしゃる方は、百五十円しか貰えない。百五十円では、外食するとしたら、学資が出ませんでしょう。学生の生活というものは、働いている人々の生活と、かけ離れたものであると、いままではおもわれておりましたが、いまでは、働いている人の生活問題と、学生の生活問題とは、がっちり結びついています。また、家庭の主婦の生活、台所の食糧の問題は、直接外で働く男の生活問題と結びついているのです。
今日の社会の問題と申しますのは、私はこういう立場だから、こういうことは知らなくてもいい、私はなんとか楽にやって行けるから、そんなことはどうでもいい、ということは言えないのです。
こんどの憲法草案を、そういう立場から考えますと、私たちにとって非常に重大な関係があることがわかってまいります。
憲法というものは、決して、大理石に刻みつけて、何かの記念品のように、土の中に埋めてしまうものではないのです。生きている私たちの皮膚のうえに書かれる、そして、私たちと一緒に生きてゆくものなのです。ですから、憲法というものは、私たちの今日の、日常生活と照し合せて、私たちはそれを充分に理解し、それを日常化し、そこから、人間が生きて行くものとして、考えなければなりません。
社会は人間が作ったもので、生きるためにあるものであります。人間が生きて行くのに、公平であることを――社会解放を願うのは人間の権利です。そうした見方から、あの憲法草案を見ますと、いままでの日本の憲法というものは御承知の通り、まことに不出来なものでありまして、あれは憲法ではない、ある一つの文章です。それで、はじめてこんど、憲法らしい形で、憲法が出来たわけでありますが、人は総て平等なり、国民は働く権利をもっている、などといわれております。
人は平等なり、と申しますが、そのときに、みなさんは、きっとお思いになるでしょう。この頃いろいろなことで、女子が出ても、選挙の問題や婦人の問題ばかりでなく、刑法・民法のように、まだまだ差別のあることを御承知でしょうし、婦人は公民権をもっておりませんし、代議士になって、いろいろよい施策をやるとしても、いろいろな役割をするにしても、地方の町で実際に行って実現す
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