らない。
 今日我々がうけついでいる文化、感情、知性は、社会の歴史に制せられてその本質に様々の矛盾、撞着、蒙昧をもっていることは認めなければならない事実である。科学者が科学を見る態度にもこれをおのずから反映している。特に、今日の科学では未だ現実の諸現象のあまねき隅々までを、すべての人々の感情に納得ゆくように解明し切らない部分がのこされていることが、科学者自身の生きかたにさえ妙な信念の欠乏と分裂とをおこさせている実例が決して尠くない。この分裂において、ヨーロッパの科学者は多く昔ながらの神へ逃げこんだ。日本の科学者は主観的な天の観念或は日常的な人情のしがらみに身をからめた。科学的精神の発展の路は困難をもっていて、歴史の種々な時期に迷信と闘い、誤った国粋主義と闘い、同時に自身の制約とも闘って今日に及んで来ているのである。
 日本の科学者の心持は今日どのような状態におかれているのであろうか。非常に複雑な問題であるが、明治、大正の時代から見れば、科学者に自覚されて来た社会意識の点で、今日はやはり特徴ある一時期であると云えると思う。さて、日本の科学者は上向線を辿っていた経済、政治、文化の波頭におさ
前へ 次へ
全19ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング