のである。文学的才能、音楽、絵画の天分が、強い透明な焔で科学的天稟の間に統一され切っているのではない。寺田氏は、豊富な自分の才能のあの庭、この花園と散策する姿において、魅力を感じる人々に限りない愛着を抱かせているのである。
チンダルのアルプス紀行は、科学と文学との関係で、寺田氏とは異った典型であると思う。チンダルは科学者の心持で終始一貫して、その科学精神の勁《つよ》くリアリスティックであることから独特の美を読者に感じさせる。所謂文学的な辞句の努力や文学的感情と云われているものやへの人為的な屈折なしに、すっきりとした高い人間らしい美を示している。科学者の文筆活動の示し得る望ましい美は、こういう統一の姿においてではなかろうか。今日の科学の可能と明日の科学のために未だのこされている客観的現実の豊饒さ、科学的方法が年から年へ進歩する行進曲の意味を心と身にひき添えて科学者たることを生きる歓びと感じ得る科学者。科学的探求を、云うところの学問として静的に見ず、社会と歴史とに働きかけ又それらから働きかけられつつ動く人間的行為、実践として科学を把握する科学者。これから益々そういう科学者が生れなければな
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