ここに一人の女がいて自分がその男を愛し、恋愛的交渉にあるためにそれを苦しんだ妻が自殺したという時、自分が間接その死の原因となっているという気持を抱くのは人間として所謂人間的な心理であると思う。又人間相互の生活感情、社会関係の現実における複雑な作用のしかたの実際でもある。范の場合、一人の人間の運命に対する主観的な愛憎の責任、その責任感の自覚という追究で、テーマが深められた。木々高太郎氏の作品では、殺すという行動を機械的に殺しの操作それ自体に切りはなしてしまって、比叡子の心持を、合理性そのものの解釈においてさえ歪曲されている合理主義で批判している。概括して二つのいずれが、よりリアリスティックな誠意をもった現実把握の態度であるかを云うには及ばないのである。
「無罪の判決」という一小篇探偵小説の中に、なかなか無邪気ならぬ或る種の現代文化の動向を反映しているこの作者は「盲いた月」で一寸したヒステリーに関する科学的トリックを利用しつつ、ウィーンにおける親日支那青年李金成暗殺の物語を語るなかで、「支那人を捕える方法を知っていますか。それは在住支那人の数名のものを買収なさい。日本人を捕える時には
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