い。」とする保田与重郎、亀井勝一郎等の諸氏を中心に「日本浪曼派」にかたまった。林房雄氏は陳腐なリアリズム否定論者として浪曼主義に賛成し、新感覚派の時代から自然主義的、現実主義的文学方法に絶えざる反撥をつづけて来た横光利一、川端康成、佐藤春夫その他、市井談議一般に倦怠し、同時にリアリズムを更に高めゆく歴史的努力への根気をも失いつつ時世の荒さにもまれている多くの作家が、この「日本浪曼派」の旗にひきつけられた。
 浪曼派の主張は、その名にふさわしいロマンティックな張りと文章の綾と快き吐息までを添えて、途方にくれた心の多くの面を撫でたのであったが、青年のニヒリズムを超剋しようとして自我と主観の飛躍を期したこの声も、ロマンチシズムすべてに同情を示し、ロマンチシズムの方向の選択はなかった。そのことも当時の能動精神の性質と同じ地盤に立つにとどまったのである。
 日本浪曼派の提唱につづいて、純粋小説論が、人々の耳目にのぼった。これは、横光利一氏の発言として現れた。横光氏は、日本の近代小説の発達に昔の物語の伝統と日記、随筆の伝統とが別々に成長して来ていると見た。「物語を書くことこそ文学だとして来て迷わなかった創造的な精神が、通俗小説となって発展し、その反対の日記を書く随筆趣味が純文学となって」身辺を描き私を描きつづけ、「可能の世界の創造」を忘れ「物語を構成する小説本来の本格的なリアリズムの発展」を阻害した、と観察された。そして、従来、純文学と通俗小説との区別のために重要なモメントとされて来た文学的現実内における偶然と必然という問題を、次のように解決しようとした。
 人間を描くには、「人間の外部にあらわれた行為だけでは人間でなく、内部の思考のみも人間でないなら、その外部と内部との中間に[#「その外部と内部との中間に」に傍点]、最も重心を置かねばならぬのは、これは作家必然の態度であろう。けれども、その中間の重心に[#「その中間の重心に」に傍点]、自意識という介在物があって[#「自意識という介在物があって」に傍点]、人間の外部と内部とを引裂いている[#「人間の外部と内部とを引裂いている」に傍点]かの如き働きをなしつつ、恰も人間の活動をしてそれが全く偶然的に、突発的に起って来るかの如き観を呈せしめている近代人というものは、まことに通俗小説内における偶然の頻発と同様に、われわれにとって興味溢れたものなのである。しかも、ただ一人にしてその多くの偶然を持っている人間が二人以上現れて活動する世の中であってみれば、さらにそれらの集合は大偶然となって日常いたる所にひしめき合っているのである。これが近代人の日常性であり必然性である。」以上の推論の結着として、横光氏は、人間活動の真に迫れば迫るほどそれは実に瞠目的に大通俗であり、それを描きぬけば通俗でなくなる、「純文学にして通俗小説」たらんとする純粋小説(この言葉もフランス文学からの移植として)の主張が、成立てられたのであった。(傍点筆者)
 興味ある点は、横光氏が人間の全き姿を、内部の思考と外部の行為との相互的発露、統一、矛盾において描くべきものと見ず、飽くまで両者の「中間」にその重点をおくべきものとしている点である。しかも、その肝心のところに、この作家にとって主観的に理解され自意識されていて、その社会的・心理的本質の追究はまぬかれている自意識というものをおき、そこで、偶然と必然という、人類が社会と思想との発展の歴史に決定的な関係をもって来た問題が溶かされ、今日の現実、近代人の現実は大偶然であるとし、「純文学であって通俗小説」の可能を見、「私などは初めから浪曼主義の立場を守り、小説は可能の世界の創造でなければ純粋小説とはなり得ないと思う」と断言したのであった。
 ロマンチシズムの本質にある燃焼性と横光氏の自意識なるものとの関係も注意をひかれるところである。横光氏が近代人の資質としている自意識というものが常に人間をその内外に引さく作用をするとすれば、ロマンチシズムが世界の帝国主義時代の廃頽の中にあって益々その危険をつよめている。欲するがままに行為せんとする力はもたず、ロマンチストと我から称する横光氏は、「可能の世界を創造」する文筆の幻の範囲でのロマンチストであろう。そして、これまでの通俗小説が偶然にたよって成立っていたということにそれなりに縋って、近代人の必然は偶然であり、それは通俗であると、通俗なりの内容をうけついで立っているのは、何たる従順な市民の姿であろう。一九三七年一月に発表された同氏の「厨房日記」にあらわれたインテリゲンツィアとしての思想性の全くの喪失と、今日純粋小説が昔ながら通俗小説に終らざるを得ない諸事情の萌芽は、この純粋小説論にふくまれている多くの矛盾に根をおいているのである。
 純文学、私小説は、その
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