の出来ない意義の一つは、社会的現実の必然につれて、文学価値の内容として社会性を正面に押し出したことにある。プロレタリア文学運動の後退は、とりも直さず日本の全住民の思想的自由の限界の縮小である。過去数年間、新しき文学と作家の社会性拡大のために先頭に立っていたプロレタリア作家たちが、続々とあとへすさって来て、林氏のように自身の文学の本質を我から切々と抹殺し、或は西鶴を見直して、散文精神を唱え出した武田麟太郎氏のように一般人間性、性格、現実の文学的反映を云々するようになったことは、一見、これまでプロレタリア作家と純文学作家との間にあった摩擦を緩和し、文芸復興という懸声の下に参集せしめたようであって、実は、益々文芸復興なるものの空虚さを明らかにするに過ぎなかった。
文芸復興の声は大きいが、文芸を復興せしめるに足るほどの作品は容易に生れて来ない。その困難を切りひらくための具体的な第一歩として、古典の再評価、作家の教養ということが続いて云われはじめた。トルストイ、ドストイェフスキー、特にこれまで日本に十分紹介されていなかったバルザック、スタンダール等の作品は流行となって翻訳、出版された。なかでもバルザックは特にもてはやされた。何故ならマルクスがバルザックの作品を評したなかで、バルザックが政治的には王党派であったにもかかわらず彼の文学におけるリアリズムの力は、どんな経済学の本よりも当時のフランスの社会相とプロレタリアートの未来を描破しているという意味の言葉を云っている。一部の作家たちには、その一事が、作家が見たままを描きさえすればそれはおのずから歴史を反映し、文学はそのものとして常に進歩的であるという彼等の新しいリアリズムの解釈法を便利に正当化しているように思われ、斯くは、バルザックに還れ、ということが云われたのであった。
だが、バルザックの生きた時代と日本の一九三三年、四年という時代との間には、再びかえすことの出来ない八十年間の世界の歴史が横《よこた》わっている。古典を現代の滋養とするために何より大事なのは、より広くより深く歴史の動向に沿うて、社会生活の足あととしての古典を含味・批判・摂取することである。バルザックに還れと叫ぶ人々が、バルザックへ戻る前に既にそれをかみこなす自分らの歯を我から不要のものとして抜きすて去っているとしたら、そもそも何の規準によってこの一箇の巨大な
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