と見通しの欠如とは切り離せない関係に置かれている。
私は、この文章の中で今日の文学の現実の姿を粗描し、文学以外の専門に従事する人々のためにも今日の文学的討論や作品の健全な理解に役立ちたいと思う。
昨今林房雄、小林秀雄、河上徹太郎その他の作家・評論家によって、今日の大衆が文学的関心を失っているという点が注目されている。この頃の普通人はどうも小説――純文学の作品に対して興味を失っている。大衆小説は読んでも、真面目な小説は読まなくなって来ている。この対策として、作家が文学青年を目あてにして書いたような過去の「私小説」をやめ、大いに社会性のある、大衆にとっても面白い小説を書かねばならないという意見が出されている。林房雄氏はその具体案として「大人の文学」を提案し、真面目な作家は現代の官吏、軍人、実業家の中心問題とするところを文壇の中心問題として、二年でも三年でも根気よくそれを繰り返すべきであると言っているのである。
評論家谷川徹三氏は、現代の日本では大衆の持っている文化水準と一部の作家が持っている文化水準とはひどく懸隔している。そこに文学が大衆の生活との繋りを失う原因があるのであるから、
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