及作家としての尊敬を全幅的に捧げているとは限らない。或る場合には自分の本性と反撥するものをも感じつつ尚悲しき利害から毅然たる態度も示しかねる自分に自嘲を感じることもあろう。そのような生きる感情の状態から、新たな文学が生れ得ると考えれば、あまり作家と作品との生活面に於ける統一の重大性を無視したことである。夏目漱石は周囲に多くの後輩の出入があった。勿論作品の発表のために尽力している。けれどもその時代のことと今日の右の事情とは、二十年の歳月が日本と私たちとを変えているように、質を変えているのである。
これらの曲折の間に、プロレタリア文学はどのような存在を続けて来ているであろうか。文学運動としての形を失いつつ、作品は書き続けられ、読者を持ち続けて今日に及んでいる。ブルジョア文学の一部が社会的動揺によって文学の独自性をも危くしかけている時期に、プロレタリア文学は人間の心に潜んでいる合則的なもの、合理的なものを愛する心、或は現代の生活に種々の疑いを抱くものの心に触れるその本質に依って存在を価値づけられて来ている。青野氏は最近の論文で、プロレタリア文学の存在の根強さの上に安んじ、刻下の社会事情の中
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