欧州大戦につれて擡頭した新しい社会と文学の動きに対して、従来の文学的地盤に立つ教養で育った新進作家たちが、一面の進歩性と他面の保守によって、題材を過去にとる方向を示した。
 今日の歴史小説はそれとちがって積極に今日の現実に「相応的な方法」によらなければならないとすれば、歴史小説における時空的な力の過度な評価ということは、益々戒心をもって省察されなければならなくなって来る。目前の事象の圧力が人間精神の自立性に対してそのように現われているとすれば、同時に現実は複雑だからそれへの批判者としての人間精神も在らざるを得ない。時空的なものに制御を受けつつも、制御を与える時空的なものと、それを蒙っている自己の状況に対して見開かれている眼と、水火に在っても動かされている手足とを失ってはいないのが現実であろうと思う。
 さもなければ、動くものとして人間が動かしているものとしての歴史は存在しない。
 歴史は決して「再び繰り返さ」ない。その視角からこそ現代への相応がとらえられるべきなのだろうと思う。
 今日の文学における歴史小説の積極性と、現代小説の面白さとの相会うべき点はここらあたりのところだろう。この面
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