も試みられてもいいように思う。歴史小説に於てより高い観点が要求されるとき制約のなかで最も留意すべきものはこの時間的及び空間的なものではあるまいか」と云われているのである。
 同氏の「南海譚」(文芸)を、作者のそのような歴史小説への意図をふくんで読み、三百年の昔朱印船にのって安南へ漕ぎ出した角屋七郎兵衛の生涯が「角屋七郎兵衛よ、お前が」と語り出されている作者の情感の意味も肯けた。徳川の鎖国の方針が七郎兵衛の運命を幾変転させたばかりでなく、今日の日本の動きにかかわり来っていることも、読者はおのずから行間に会得するだろう。
 高木氏の歴史小説への態度には、一つの歩み出した積極なものがあると思う。そして、その積極なものの本質は、時空的なものに対する作家としての態度にかかっており、芥川、菊池の歴史物と本質の相異をなしている。云ってみればその相異のうちに、日本の苦難な精神史の実績の幾頁かが作者の知る知らぬにかかわりなくたたみこまれているわけで、はなはだ面白く思われる。同時に、巨大な歴史の時代には時空的なものが小説の主人公となって、人間が添景になるということの承認に関しては、作者自身云っているとおり、最も留意し追究すべき点だろうと思う。
 個人の経歴の物語、伝記の枠がふみ越えられなければならないということと、如何なる時代も環境も窮極には人間の社会的な関係によっていて、人間の肉体と精神の動きを通じてでなければ実在し得ないという現実の在りようとは小説における人間の添景的位置で解決され切れない意味あいだと思う。
 歴史の大きいうねりが、個々の生涯を当人たちの希望にかけかまいなく運び去る事実、あまたの生涯を浪費消耗してゆくすさまじさは現前の事象であるけれど、時空的な流れの描写に人間が添景として扱われるということが、人間の歴史の本質において人間が添景であるということでは決してあるまい。逆にどんな澎湃《ほうはい》たる歴史の物語もそこに関与したそれぞれの社会の階層に属す人間の名をぬいて在ることは出来ないという事実の機微からみれば、たとい草莽《そうもう》の一民の生涯からも、案外の歴史の物語が語られ得る筈である。
 このことは明瞭に大正初期に見られた歴史小説流行の現象と対比して見られなければならないと思う。その当時、主として『新思潮』の同人たちが、歴史的題材の小説に赴いたことの心理的要因には第一次
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