ている大衆化の観念と対峙していた。通俗文学の作者も自信をもって、通俗小説の彼らの所謂《いわゆる》大衆的本質を固持していたのであった。
 今日、再び文学の大衆化が云われているのであるが、これは、かつてプロレタリア文学が独自の立場から、大衆性をとりあげた時代とは大いに趣を異にして来ている。あちこちで現在聞える大衆化の声は、主として従来プロレタリア文学に対して純文学を守って来ていた文学者の領域から響き出して来ている。これまでの純文学の作家の日常生活が余り特殊な文壇的或は技術的範囲に限られていた結果、そういう作家の社会的生活の経験の貧困は作品の質の著しい低下、瑣末主義を惹起した。一方、この四五年間における社会情勢の激動はこれまで純文学の読者であった中間層の急劇な経済事情の悪化をもたらした。経済事情の悪化は、原因として日常のこまかいものにまで及ぼしている増税、それに伴う物価の騰貴が直接のきっかけとなっており、増税のよって来るところの同じ源から、誰の胸に問うても明らかな思想的な一方的傾向の重圧がある。社会の事情は昨今まことに複雑である。民衆一般が手近に分りやすく知り得ない諸事情の錯綜の結果、或は率
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