期に書かれたものであるし、古典的な権威として今日或る意味で価値ある文学上の存在をつづけている作家たち、例えば島崎藤村、徳田秋声、谷崎潤一郎、永井荷風、志賀直哉、武者小路実篤等は、いずれもこの年代に、壮年期の活動を示した人々であった。過去の文学の上にも、戦争は甚大に影響している。日露戦争からヨーロッパ大戦までの間に、近代社会としての日本の社会機構が急速な膨脹をとげたように、その発展の雰囲気は、文学にも及ぼして、有産知識人の文学的活動は華々しく行われたのであった。その当時、果して文学賞などというものが存在したであろうか。私の見聞の範囲では、そういうものはなかった、しかし、賞を受けるにふさわしい作品、又はその作品の生れる過程における作者の態度というものは、勿論当時にも在った。例えば島崎藤村の「破戒」という作品。あの作品が書かれたのは年表によって見ると日露戦争の時分であった。その頃は今日に比べると戦争と文学との関係が、一般に非常に素朴に考えられていた為に、戦争に熱した人々の心に小説の永続的な価値は考えられず、「破戒」を出版しようという書店が一つもなかった。藤村は一家離散を敢てして、その作品を自
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