キときは、彼らの生活経験がその手法を役に立たないものと思わせるときであろう。他の一方には、いわゆる「詩的」な言葉をえらんでそれをならべる努力とは別のところに、生きた詩精神を認めようとする詩人たちがある。その人々はゲーテがドイツ語を単純に美しく生かしたように、プーシュキンが日常のロシヤ語を芸術の言葉として生かしたように、日常的な日本の言葉で現在のすべての日本人が生きている破壊と建設とを歌い、民主的社会への抑えることの出来ない情熱を表現しようとしている。民主的な詩人たちは、数において多いし生活力にも富んでいて題材も豊富である。長い製作の経験をもつ民主的詩人壺井繁治、中国における新しい人民の建設事業にふれてユニークな題材を歌っている坂井徳三その他の人々がある。これらの詩人たちは、自身の新しい詩をつくってゆくかたわら、新日本文学会の詩の部門の担当者として日本の人民が彼等自身の詩を書くようになるために熱心な指導をしている。国鉄の職場に詩人グループがあって「国鉄詩人」とよばれている。彼等は職場で協力しているとおり、詩作においても共同製作を行っている。一九四七年のメーデーに歌われた新しいメーデー歌は
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