に至るまでの時期、日本全国に待遇改善、賃金値上げ、職場の民主化等を主眼とする労働争議が続発した。その中心に合法的な活動を認められるようになった労働組合が立った。人民の創意から食糧事情の改善を政府に要求する大示威運動も行われた。
 吉田内閣は人民が生活危機によって激昂している時局を収拾するために、GHQのあっせんによってアメリカからの食糧輸入を求めた。同時に社会秩序保持の声明を行った。読売新聞社の争議が社長馬場恒吾と政府との協定によって弾圧され、食糧メーデーの時使用されたプラカードの天皇諷刺の字句を理由として、それを書いた労働者が不敬罪で起訴された。当時吉田首相が一記者に語った言葉は深刻に日本の民主化の逆流現象を反映している。彼はインターヴィウにおいて、次のように語った。「占領第一年を回顧するときわれわれ老保守主義者は民主主義の一大進歩を認める。余は昨秋外相に就任した際は連合軍の政策に対しある程度の疑念を抱いていたが、現在ではわれわれは民主主義を当時より安易な気持で受入れることが出来る」(『日本経済新聞』九月七日号)
 労働法における勤労階級の権利を、資本家とその権力の利害と妥協させる一機関として中央労働委員会が組織された。労働者の争議に対して経済者は暴力団を使用した。表面上解体された特高警察はより陰険な謀諜網をもって秘密に再組織されている。GHQの三字は支配階級によって自身の官僚主義を拡大強化する便宜に使われている。
 一九四七年二月一日を期して行われようとした全官公労働組合中心のゼネストは、その現実的原因を生み出した日本の支配者の失政をより少く追求ししつつ勤労者の労働運動の自由の範囲を縮少して限定した声明によって抑えられた。敗戦国である日本において労働運動の自由が認められて一年半を経過したとき、労働者のゼネスト権が否定されたことは国内および国際的に資本主義の経済事情が急速に危機に向っていることを証明している。
 この間に、議会では憲法改正案の審議を進めつつあった。一方に天皇制を護持しつつ、民主的憲法を制定するという矛盾した仕事のために、様々の紛糾を重ねた。衆議院では、この憲法改正案審議について、滑稽な幕間劇が行われた。日本社会党は、社会主義とともに天皇制護持を強調して来ていたところ、思いがけなく、改正憲法の基本的性格として「主権在民」の規定をするべきことを、保守党である進歩党によって提案された。社会党は、不意うちをうけた。「主権在民」を基本的性格とする憲法改正案は、このような幕間劇をもって十月貴族院本会議を通過し、翌十一月三日公布、一九四七年五月三日に施行されることになった。「主権在民」の新憲法は、日本にはじめて基本的人権の確立に関する諸項をもってあらわれた。男女平等も承認され、良心の自由も明記されている。しかしながら、この「主権在民」には余りに日本的特徴がつよくあらわれていて、国内の民主的な有識人および国外の有識人をおどろかした。それは、この改正憲法中になお天皇に関する特別な数箇条がふくまれていることである。その数箇条において天皇の世襲的な地位、それによってもたらされる身分の差・経済基礎が確保されており、少くない命令、決定の権利が天皇に掌握されている。一定の国の人民が天皇によって召集される議会をもつ[#「天皇によって召集される議会をもつ」に傍点]、ということは、議会へ天皇も出席するということとは、本質的に別のことである。一九四六年に日本の人民は、このようにして換骨脱胎させられた「主権在民」憲法をもつに至った。

 第三期[#「第三期」はゴシック体] この時期の特徴はインフレーションの進行につれて生計費の高騰のために、人民が一層の生活困難におちいった事実である。一九四七年四月に行われた第二回総選挙の結果、社会党が第一党となった。社会党首班の内閣を組織するについては保守政党との間に幾多の紆余曲折があった。日本における大財閥を背景とする自由党は社会党が総選挙で勝利したことを日本における勤労大衆の急進勢力の進出であるとみて、吉田自由党総裁は選挙直後、組閣行き悩みの際に公然と反共声明を行った。前項に引用した記者との会見談の内容をみれば、自由党が日本の民主化の停頓や逸脱を決して悲しんでいないことは明瞭である。自由党のこの反共声明は社会党左派といわれていた同党内のより少い反動主義者のグループの一部のものに極めて注目すべき喜劇を演じさせた。内閣の椅子を占めることに対して情熱を感じた左派のグループ中、加藤勘十と鈴木茂三郎等が中心となって外国記者団を引見し、社会党左派が共産党に接触を保ってきたのは、勤労大衆を同党の組合総同盟に獲得するためであった。今日この目的はほぼ達せられたから今後共産党とは絶縁するという意味の声明を行った。この声明はただち
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