揩ツばかりである。これは日本の教育が人類的福祉の見地に立たず富国強兵政策によっていたからであった。一九四六年に盲聾義務教育制の問題がとりあげられた。しかし何の実際的進行もみないで一九四七年が経過し本年四月からようやく第一学年が発足されることになった。大蔵省は一億円にも足りない予算をまだ決定しない。文部省は準備会をもったばかりである。もし現実に不幸な子供のための義務教育を実現するならば最小限度八〇の教室と教員七〇〇名が補充されなければならず、それだけで予算はいっぱいである。
耳のきこえない子供の教育方法としてヨーロッパ風の読唇法に加えて日本語の特色を科学的に研究した口話法が発明されている。しかし未だに旧式な手真似教育(手話法)が行われていて、これでは日常の最低生活を満すだけでとても精神的な文化には触れられない。アメリカからヘレン・ケラー女史が来朝することが伝えられている。関係者たちは彼女の来朝が文部省と一般人の心を目ざめさせて、日本に生きている不運な子供たちの運命をより明るくすることに役立つことを願っている。
成人教育 文部省社会教育局は各都府県の社会教育課と連絡をもっていろいろの講習会、公民館運動、リクリエーション運動などに努力してきている。婦人の民主化のための努力もされてきている。しかし全般的傾向をみると、すべてこれらの成人社会教育の方向はいってみれば人民の自主的な民主的発展に対して一定の柵をこしらえる任務をもっている。リクリエーション運動の指導は地方警察と連絡すべしというような反民主的な本質をもっている。
片山内閣は吉田内閣から引きつづいた非民主的社会教育方針に加えて耐乏生活、挙国一致、生産復興等を中心とする新日本建設国民運動や新生活国民運動などを官僚行政の線を通して行おうとした。新日本建設国民運動の提案懇談会の際、「民間人」と称する代表者の中に元治安維持法関係の役人が参加していたことは会の本質を語るものとして注目された。片山内閣はこれらの統制的な社会成人教育の方向を示しただけで総辞職した。
政府の関心は思想としての社会成人教育にあって戦争による不具者の職業的再教育は放棄している。復員軍人、引揚者の職業再教育が全くみすてられていて社会悪の発源地となっているとおり、戦争による不具者の人間的再起がみすてられていることは日本の反面の限りない暗さである。戦争未亡人の職業補導としての成人教育も殆ど行われていない。浮浪児の再教育は現在の段階ではその必要の千分の一にも及んでいない。当局はこれらの子供の教育と収監との間にある本質的な区別を理解していないようである。このことは生活難から売笑婦になった若い娘の再教育の場合についてもいわれる。日本のこの種の再教育がいつも冷酷であり囚人扱いであり、従って効果をあげないのは日本の封建的なまた儒教的な形式道徳観が、指導者の心情に残っているからである。
自由大学 一九四六年以来各大学、専門学校などではさまざまの形で自由大学を開いた。東大、早稲田、慶応その他の大学が学生と教授の協力によって一般の聴講者を集めて政経、文学、美術、自然科学、技術等についての連続講演を行った。夏期休暇中帰省する学生、教師などと協力して各地方でも夏期大学や農村講座がもたれた。労働組合では、特に婦人部を中心とした啓蒙的な講演会をしばしば持ち、各学校も中等学校をはじめとして校外から講師を招いて文化的講演会を催した。
民主的な専門研究団体は自身の連続講座または公開研究会を開いている。この数は非常に多い。そして学問上の利益も少くない。
2 国字・国語
日本の国字の問題は従来使われていた漢字をどのように制限して簡単な文字を使った文章を書けるようにするかという点にある。漢字を覚えるために義務教育の多くの時間がついやされてきた。従来、天皇が発表するすべての文書はもっともむずかしい漢字を使って書かれ、普通の教養をもった者では読めない文章によって書かれていた。このことは古代の中国人が漢字で文盲の民衆を支配してきたのと同じ効果を絶対主義下の日本人民に与えてきた。思想は支配権力に属し、その表現は何時も半分は神秘的な感じで行われてきた。日本は、その野蛮さからぬけなければならない。一般人が社会生活を営み言葉をもって自分の意志を表明している以上、そのままの文章が役に立つような民主化が行われなければならない。一九四七年に新聞その他に使用される漢字が制限された(四六年十一月五日文部省国語審議会総会)。
日本語は漢字のほかに、複雑な仮名づかいをもっている。書かれている仮名文字と発音とが別々で、書かれている字の通りに読んだのでは意味が分らない場合が少くなかった。たとえば「蝶々」という仮名は、「てふてふ」と書かれた。それだのにこの「
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