を持ち、半封建的な民法が改正されたとしても、社会生活の基礎である勤労とその経済関係で婦人が男子の二分の一の待遇におかれている事実は注目すべき社会現象である。労働省の中に婦人局が設けられた。これはアメリカの“Woman's Bureau”を模倣したものであるが、日本の官僚主義は婦人局の活動第一歩において婦人局長たちに、予算の不足をすべての不活動の理由とさせている。
片山内閣が七月初旬に経済安定本部から発表した「経済実相報告書」は明からさまに日本の国民経済の破滅を告白したものであった。この報告は「経済白書」とよばれた。「白書」は一方に外資導入について、それがさけがたいというおおざっぱな諦めを持たせ、中小工業の破産を止むを得ざる事態と認めさせ、公定価格つりあげの基盤としても役立てられた。閣議によって全国の飲食店営業停止を行い、ヤミ市をとり締り、各駅でヤミ買いの厳重な監視が行われた。しかし「白書」は物価騰貴の顕著な一つのスプリング・ボードであった。新聞の多くの漫画は小さなヤミ買出し人が背中の荷物で警官にきびしく調べられている横を隠退蔵物資のトラックが堂々と走って行く光景を諷刺した。運輸大臣であった苫米地は地方にいる息子から不正な大量物資輸送を受けて辞職し、息子は収監された。世情を騒がし全国的な連累関係をもっている「世耕事件」が起った。この軍需品払下問題にからむ大規模な詐欺横領事件は経済問題から保守政党の党費にからむ政治問題になった。宇都宮の「狸御殿」事件も大規模な詐欺横領であった。食糧買出しに狂奔する婦人がさまざまのヤミ取引の間に道徳的堕落に誘われたばかりでなく「小平事件」のように米をきっかけに若い娘に対する殺人事件もあらわれた。
犯罪数の増加と方法の残酷さとは市民生活を絶えず不安におとしいれているし、「夜の女」と浮浪児の生活救済について政府は全く無力である。それどころか一九四七年の夏には浮浪児収容所の監督者が逃亡しようとした少年を拷問虐殺した事件も起った。
片山内閣は思いがけないエネルギーを発揮して、日本の半封建的社会の伝統として存在していた博徒の大親分関東尾津組の親分をはじめとして大小の親分を検挙した。ヤミ市の元締であり新興マーケットの元締であり恐喝常習の暴力団であるこれらの徒党の検挙と団体の解散は、一般市民に好感をもってみられた。関根親分の検挙にからんで元行刑局長正木亮がその法律顧問をしていたことが明らかとなった。また篠原組親分の実質的協力者は塩野前司法大臣であったこともしられた。或る者は皇族の一家と関係をもっており、或る者は自由党に関係があった。輿論は自由党の経済的毛細管であり、動員網であるヤミ市の繩張り顔役の勢力に、社会党が一撃を加えたものと認めた。
同時に一般市民は片山内閣そのものの腐敗した構成にも驚かされた。苫米地の事件をはじめとして平野元農相の資格失墜問題、西尾官房長官の資格についての疑点等が党内の勢力争いとともに公表された。
片山内閣のこのような弱点に人民の不信頼が向けられるようになったのは、経済再建に示された無力さと同時に前年以来日本の国内にきわめて確実に拡がってきた軍国主義的反民主的底潮に対する警戒からである。戦争責任の追求は政府によって実に申訳的に行われている。パージからのがれるためにさまざまの手段が用いられ、その効力があるような余地が残されている。急進的な勤労人民の民主化を防ぐため、いわゆる力の均衡を保つため秘密のうちに旧陸軍将校、憲兵、ファシストを中心とする反動勢力が培養されている。一九四七年の秋一斉に新聞に特ダネを与えた「地下政府」の存在を片山首相は否定したけれども諸外国はその実在を知っている。日本を愛し民族の自立を期待し徹底的な日本の民主化によって世界の平和的な再建に参与したいと希望している真面目な日本人は、反動勢力の意識的な培養について心痛している。印度においてもアラビヤにおいても培養された反動勢力は、その国の平和的民主化をかきみだす役目につかわれている。その民族を衰退させるための出血に役立てられている。そして、それはとりも直さず世界平和の不安定をもたらしている。東條を中心とする戦争犯罪者の公判のために前年から開かれている東京裁判の陳述を見ると、被告の殆ど全部が侵略戦争に対する人道上の責任を自覚していない。その上被告のための日本側弁護人法学博士清瀬一郎は被告たちの無良心を彼の厚かましい弁舌によって世界の正義からいいくるめようとした。戦時中戦争協力者であった清瀬一郎弁護士が日本側弁護人首席として登場したことに日本の民主的市民は驚いたのであった。元元老たち、その中には米内元海軍大将を含む四人が、シャンパンの盃をあげている写真が新聞に出た意味も、それが民主化とどう関係するのか理解しがたかった。日本
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