モ識的に停滞させられているうちに、さる六月逓信省は放送事業法案を国会に上程した。
 この法案は日本のラジオの自由と健全な発展を期するために立案されたものであるとして公表された。しかし一般にこの法案が日本のラジオの民主化と自由な発展のために果して適当な性格をもっているかどうかということについてきびしい批判がおこっている。
 政府の法案は日本のラジオを全面的に支配する力として放送委員会を規定している(法案第二章)。政府の考えによると放送委員会は総理庁の外局として独立してその権限を行うものとされている。放送委員は公共の利益を理解し公正な判断をもっている三十五歳以上のもののうちから五人を両院の承認をへて総理大臣がこれを任命するとされている。一般の不信と疑問はこの委員選出法に集中されている。なぜならば、我々は現在の政府が一般の信頼をかちえない人物を網羅していて政府閣僚は最近の新聞に報道されるどっさりの不正利得に関する事件および涜職事件に関係のない者はいないほどの有様である。現閣僚はスキャンダルにつつまれている。当分の間日本の人民は、清廉潔白な内閣をもつことは困難であろうと予測している。日本の独占資本がより強力な独占資本の庇護のもとに自身の存在を維持しようとしているとき、その利益を代表する政権が、真に民主的であり得ないことは明瞭である。すべての悪質な大衆課税を通過させた両院が承認する五人の放送委員が、真に公共の利益のためにたたかい、言論の自由のために奮闘する人物であろうということは、こんにちの常識において最もあり得ない仮定の一つである。
 放送委員会がそのように期待できない五人の少数委員によって構成され、その委員会が直接総理庁の外局であるとき、自由なラジオの健全な発展は望む方がむしろ不自然ではなかろうか。日本のラジオはこの少数委員会のもつ非常に大きな権限と電波庁との統制をうけることになる。一般の人々が政府案をラジオの官僚統制案とみていることはさけがたい必然である。政府案第十二条は、この五人の委員が「任命後最高裁判所長の面前に於て正規の宣誓書に署名してからでなければその職務を行ってはならない」としている。正規の宣誓書の内容は一般に知らされていない。五人の委員はなにを誓わせられるのだろう。これまで日本の民衆はさまざまの奇妙独善的な人権蹂躙的な誓いをたてさせられてきた。こんにち民衆が自分の未来のためにもっている誓いはただ一つしかない。それは欺瞞のない日本の民主化と自主自立の民族生活をもつことである。新しい五人の放送委員はあらためてそのような誓いをするわけなのだろうか。
 なお放送委員会はその職責をはたすために商業、工業、金融、労働、農業、教育、地方自治などの団体代表の意見を徴するようにつとめなければならないとされている。この諸団体のなかに民主的な文化団体があげられていないのはなぜだろうか。一九四六年にはあのように日本民主化のキー・ポイントとして内外から注視された婦人の団体があげられていないのはどうしたわけであろう。日本の青年のこんにちの生活内容は日本の民主化と世界平和のために、彼らに豊富な発言の要求を感じさせている。その青年団体が放送委員会の関心からとりおとされていることは不可解である。
 委員の欠格条件のなかにも民主的委員を選出する必要以上の制限を加えているとみなされるものがある。
 政府の放送事業法案をめぐって加えられている批難の中心点は、ラジオの官僚統制による言論抑圧の方向である。この批難にたいして政府はむしろ弁解困難な立場にある。言論・出版の自由をおびやかす用紙割当庁法案と並行するラジオ法案がより広く民衆の声を反映する性格をもっていないことはあまりに明瞭である。政府は一方において労働法の改悪、公務員法案の改正、軽犯罪法の制定、教育の民主化をあやうくする教育委員会法案などをすすめている。これらすべては政権の買弁的性質の増大とともに一般の批判にさらされる立場におかれている。日本の人民は今日においてはじめて憲法に規定されている言論の自由と良心の自由とを行動のうえに発揮する必要にせまられている。戦争挑発と日本の軍国主義の再燃にたいして青年と婦人とは胸にいっぱいの抗議をいだいている。ラジオはその時の政府によって官僚統制され、また天降りの独裁放送を行うことを思えば、政府の放送事業法案に対する反対はきわめて強い現実的な根拠をもっている。
 一九四六年に組織された現在の放送委員会は日本のラジオの民主化にたいして負わされた責任において、慎重に政府案を検討した。公聴会も開いた。そして政府の放送事業法案にたいして、より具体的にラジオ民主化の可能性をもった放送委員会法要綱を作成した。
 現放送委員会の放送委員会要綱は、原則として、国民生活の各面を代表する男女三
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