らさまよい出て行ってしまっていることが語られていた。
尾崎氏は作家の側から読者というものの云わば無判断の猛威のようなものをも見ていられたと思うが、今日の読者の心理の諸々相に入って眺めると、読者と作家とのいきさつは、作家たちが現実に作用してゆく態度の面からも引き出されるものとして、その面に随分どっさり問題があると思える。
やはり今日の読者の性格の一つの特徴を語る例として、この間こんな経験をした。数日後には専攻しているフランス文学研究のために渡仏しようとしている或る若い女のひとにあったら、その友達に大変私の書くものを好いて皆よんでいるというひとがあるという話になった。そう云われて嬉しくないものはないと思う。すると、それにつづけて「そのひとは、偶然あなたと同じお名前なんですの。だもんですから、よくひとに、こないだの、実は私がちょいといたずらしてみたのよ、なんて云ってよろこんでおりますわ。ホホホホホ」と何のこだわるところなく紅の色艶やかな唇をうちひらいて微笑まれて私は言葉をつぐことが出来なかった。
現代の教養を体にいっぱいにしたその若いひとは、勿論自分が一種のコンプリメントとして云っ
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