物語は人々の耳に入らないけれども、本が大変売れるということにつれていろんな話を又聞きする。たとえば、本屋へ電話がかかって、四十円ほど本を見つくろって届けて下さいと云った家があるとか、新宿の紀伊国屋かどこかへ若い職工さんが入って来て、百円札出してこれだけ本をくれと云ったとか、そんな話がよく耳に入る。
頻々とそういうことがおこっているという訳でもないのだろう。おそらく現実には幾つかあったそんなことがぐるぐるまわって変形した話になって殖えたように拡まっているのであろうとも思うが、それにしても、百円札をもって来た若い職工さんの話などは今日の時代を語ってなかなか心に残る話である。
昔円本が売れた時代の一般の心理に立ちいってふれてみれば、あの頃だって、さてこれで一通り箪笥、長火鉢も恰好がついたから本でも買っておくか、という気持で、そんなら円本でもとろうかと、そして買った人は随分多かったのだろうと思う。どんな文学書がいいのか判らないが、あれならともかく一通り揃っているらしいからよかろう、そういう程度に判断のよりどころが置かれてもいたのだと思う。
自分独自の判断や見解がはっきりきまっていなかっ
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