そこまで行っては普通でないという事をはっきり云って忠告した人はなかったそうだ。私たちが今日の生活の文化の問題として恐れるべき点はここにある。一人二人の校長の狂信めいた昨今のものの見かたそのものより、それは異常であるという事を当然忠告すべきであるのに、何となし淡白に云い出しかねさせる空気が社会にあることを重大に戒心しなくてはならないと思う。
 もしそんな度はずれな思いつきが実現して、数百の少年少女が朝夕忠孝! 忠孝! と号令かけて、無心なままに感情を鈍化させられて行くとしたら、その結果は一つの冒涜であり悪であることを否定する人があるだろうか。
 今日文化のあらゆる面で私たちの願うべきことは、所謂健全な文化と不健全なものと一目でわかる区分をつけるというような単純なところにはなくて、健全さも或る瞬間には不健全なものと転化してゆく、その生きた刹那の機微に対して敏感でなければならないということだろうと思う。
 この頃の生活で私たちは配給をうけるということに馴れかかっている。配給される物については手拭一筋にしろ、こちらは全然うけ身な関係におかれざるを得なくて、ともかくそれを受けとらなければ無しでいるしかない事情になっている。私たちは、歴史の上に何か価値あることのために、そのような正常でない条件で日常を営まざるを得ないのだと知らされている。配給し合って互に暮すという方法に馴れることは私たちの一つの力ともなるであろう。けれども、配給とりも直さず万事あてがい扶持で、唯々諾々と生きる無気力の習性となるなら、それは堕落と云われなければならない。私たちは自分たちの世代において文化を堕落させたという責を、愛する後代から指摘されることは欲していないのである。[#地付き]〔一九四一年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「生活の思索」教材社
   1941(昭和16)年5月発行
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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