今日の女流作家と時代との交渉を論ず
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)屡々《しばしば》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二二年五―六月〕
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一
女性からどうしてよい芸術が生れ難いか、またこれまで多く女性によって発表された作品に、どうして時代との交渉が少なかったかというような問題に対して、私は先ず第一に文芸の本質たる個人の成長ということを考てみたいと思います。私は物を見る時に、必ず個人という観念を基礎にして物を見ます。その物を見究めることに於いて、個人としての女、個人としての男に就いていうならば、その生活上に於ける色々の意味から、個人としての女の方に、ヨリ多くの欠陥が見出されます。
今、女の立場からその個人の成長に就いていえば、――それは当然私自身のことですが、私の小さかった時代には、反って或る一種の反抗心が私に仕事をさせたものです。そしてそれは可なり純なものではあったものの、同時に単調であったに違いありません。尤も今日に於いてもそれは依然として存在していますが、そればかりでは仕事は出来ません――そうした女にのみ負わされているものが、いろいろ目前に積まれていることです。それを切り抜けるには男の知らない苦労、努力がいります。これらのものは過去の社会制度、組織、または生れながらにして与えられた性的関係――これは日本の女だけかも知れないが――女の個性の充分の発達を阻止しつつあるからではないのでしょうか。
この芸術に専念する力を阻止するもの、今それをデリケートな問題として見るならば、生理的方面からは、女の持った細かい神経の動きが、生活感情に影響することによって、その時々の生活感情に捉われ易いことです。これは男よりも女の方が細かく、正直に、同一の物に向っても或る時は極端に悪く、或る時はこの上もなく可愛いという、感情の大きな動揺が波打つことによって、その本心が何処にあるかを知ろうとすること、それに就いては男よりも、女がもっと深く屡々《しばしば》反省する必要があるのです。それは女性に共通の一種の道徳観念とでもいうのでしょう。
また一方から考えると、女は特別な貞操観を強いられることによって、その芸術が阻止されることになるのです。それは男性なれば極端な性欲或いは愛の葛藤も書け、そしてそれが批判される場合も、女性によって書かれたもの程つまらない好奇心を起させますまい。勿論、芸術品に対してそんな下劣な観賞者の言葉を気にする必要はないわけですが、この懸念が実際に女の心の中にあるのは、争われない事実であります。
二
仮りにそうしたデリケートな場合を想像するならば、此処に一人の女があって、その人が大胆な恋愛の葛藤を書いたとします。と、それに就いて、自分は自分の態度を信じ、良人もまたそれを理解していてくれる。然し、それが対社会的になって、一人の人間として社会に入って行くとなると、其処にいろいろ困難な実際上の出来事が待ち設けています。例えばその作品に対する作者の自由な態度を曲解して、その本当の意味でない、作者の毫も予期しない、不真面目な事件が起り易いことです。仮りに或る会社内の事を想像してみましょう。その中の女事務員、只単に女が放たれているという自由のために、男がそれを曲解して自由な交際が其処に始まったとします。と、これは真の女性の解放ではなく、その境遇がそういう交際を形作る機会を与えたに過ぎないので、従って本当に自分の立場を知るのは其処から自分の生活を切り放さなければならないでしょう。
また一方、女性として必然に持たねばならぬ母というものに就いていえば、母にとっては子供は大きな心の対象となるもので、一方で自分の芸術のために、良人は越えることが出来るとしても、子供を本当に忘れ切ることは出来ないでしょう。例えば自分の書くものは、純粋の芸術品ではあるが、十二三の子供がそれを読んで果してどういう判断を下すであろうか、という感情上の危惧が、其処に起ってきます。
次に女は毎日の実生活の上に於いて、家事上の事柄に力を浪費することも大きなものです。たとい女中を使ってするにしても、その中心になる仕事に対しては、主婦がこれを指揮しなくてはならず、従って家のことを忘れて白熱的の力で文芸に専念する場合、それは大きな邪魔となるものです。
更に女の身だしなみということも、創作をする場合、かなり関係があります。女は昔から見られるものとして取扱われてきました。一度外出するにも髪形から衣裳まで整えねばならず、風が吹けば、髪が乱れる。伝統的というのか本質的というのか、とにかく女性にはこの外廻りの小さな注意が沢山いります。それらに対して出来
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