くそれをきいていたらしいとき子が、居心地わるそうな身じろぎをした。
「坂本は、せめて東京に出たときだけでも、いくらか知識的な空気にふれられるのが、救いなんですって」
「じゃ紀子さん責任が重いのね」
峯子はそれで思い出したという感情で、
「そう云えば、どうなって? あれ、あなたの女性史の御勉強」
「何しろ、うちは一日中人が出入りしている商売でしょう。土地売買なんかがこの頃はひどく盛んらしいのよ、いればやっぱり当てにされて、図書館どころじゃないわ」
一重一重と、紀子のこの頃の生活の中途半端なよりどころなさをあらわにしてゆくような話であった。
峯子は、格別坂本をどういう目でみているというわけではなかったけれども、ただ今のそういう会社の社長秘書という特別な立場と、坂本の生来の如才なさ、通俗的な押し出しのよさ、などを考え合わせると、新潟という土地柄、おそくなる夜の時間がどんなに費されているか、推察されないこともなく思えた。
ありふれたそのような道を、異ってふんで行く力をもっているとも思える坂本であった。
第三者としてきく坂本の、妻に対する気持の表現は何か切実でなかった。夫の勤めるところ
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