だ辛棒してくれと、つれてゆかれることの方が夫婦の生活として肯けた。
おだてられ、あざむかれる妻ほど哀れに愚かしいものがあろうか。
峯子は、紀子のためばかりでなく自分の頬も微《かすか》に赧らむのを感じた。
「紀子さん、坂本さんがそう云ったって自分で新潟へ行けばいいのに」
峯子は、タイプし上った紙を揃えて綴じながら呟くように云った。
「どっちつかずになったら困りゃしないかしら」
紀子は少し沈んだ面持ちになって、なお靴の踵を動かしていたが、峯子へきつく迅い掠めるような視線をなげた。
「峯子さんならきっと行っていらっしゃるわけね」
そして、挑むように続けた。
「峯子さんみたいに、いつも整理された気持でいられる方って例外じゃないかしら。下らない気持なんて、わからないのが当然なのかもしれないわ」
とき子に向い、
「だって、そうだわねえ」
と語気をつよめた。
「峯子さんみたいにいい方がちゃんとついてらして、自分の才能に自信もあれば、誰だってわりきれた心持でいられるわけだわねえ」
紀子の声にふくまれている小さい尖ったものは峯子にとって予期しなかった一突きであった。
ひたすら自分の心の願いに正直であろうと、そのためには我が身をみつめている峯子は、女としてのそういう努力が、女同士の間に一つの反撥をももたせることがおどろかれた。
正二への心持が、自分を支えていることは、峯子も十分知っているけれども、紀子のような角度でそれを見ていられるのは心苦しかった。
「いろんなことを、紀子さんは考えちがえしていらっしゃるようね」
それを押しかえして迄云いつのるほど紀子も根深いものをもっているのでもない様子である。
日夜流れる水に漬っていつか浸蝕されてゆく河岸の土のように、紀子たちの結婚生活が目にも見えず崩れてゆく不安を峯子は直感するのであった。
その不安は、紀子の気持に、何ということはなくとも、映っているのだろう。不安ながら何をどう捕えてよいか、それがさし当って分別されない紀子の感情なのだろう。
そう思えば、自分につっかかって来た心持もその動揺の姿として、堪え得た。学校を出てから数年を経た今日、峯子に、一層しみじみとおどろかれるのは、教育というものが、めいめいの人柄に具っているよさ、わるさ、などというものの発露に、殆んどかかわりないという事実である。
とき子は、薄茶色のスウ
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