った。それを積極的にいう友達も少くなかった。峯子には、そういう風に動く紀子の心理の底までが納得されると云えなかった。
 学校時代から知っていた正二を、新しい感情で見るようになって来ている自分に心づいたその頃の峯子は、紀子の飛躍が却ってすらりとのみこめなかったのであった。
「じゃあなたも新潟へいらっしゃるわけね」
 とき子が、ゆったりした口調できいた。
「ええ。でも当分あっちへ行かないことになってるの」
 紀子はまた靴の踵をグリグリとさせた。
「会社の奥さん連て、とても程度が低いんですって。坂本は、私がそんな仲間に入るののぞまないんですって」
 程度が低いって……。では、私たちは、一体どんな人間たちだというのだろう。
「坂本さん、毎日不自由していらっしゃるんじゃないの?」
「それは大丈夫なのよ」
 紀子は、二年も結婚生活をした妻と思えない単純さで、さらりと答えた。
「素人下宿のおかみさんが、何も彼もすっかりしてくれているんですって。親切な人らしいの。それに、やたらと忙しくって、帰ったらもう眠るだけなんですって。そんな生活では私にも気の毒だっていうのよ」
 顔はあちらへ向けたまま、注意ぶかくそれをきいていたらしいとき子が、居心地わるそうな身じろぎをした。
「坂本は、せめて東京に出たときだけでも、いくらか知識的な空気にふれられるのが、救いなんですって」
「じゃ紀子さん責任が重いのね」
 峯子はそれで思い出したという感情で、
「そう云えば、どうなって? あれ、あなたの女性史の御勉強」
「何しろ、うちは一日中人が出入りしている商売でしょう。土地売買なんかがこの頃はひどく盛んらしいのよ、いればやっぱり当てにされて、図書館どころじゃないわ」
 一重一重と、紀子のこの頃の生活の中途半端なよりどころなさをあらわにしてゆくような話であった。
 峯子は、格別坂本をどういう目でみているというわけではなかったけれども、ただ今のそういう会社の社長秘書という特別な立場と、坂本の生来の如才なさ、通俗的な押し出しのよさ、などを考え合わせると、新潟という土地柄、おそくなる夜の時間がどんなに費されているか、推察されないこともなく思えた。
 ありふれたそのような道を、異ってふんで行く力をもっているとも思える坂本であった。
 第三者としてきく坂本の、妻に対する気持の表現は何か切実でなかった。夫の勤めるところ
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