特に今後は。光井から島田へ来るようになるかもしれないわね。〔中略〕
 わたしが、こんな気持でこの年月暮して来ているのに、安心してあなたに叱られようとしない、ということは妙なことね。云いかえると、何もあなたが、自分の仰云る原型のままをさせようと思いなさるのでもないということを、ふっと忘れて惶てたりするのは、妙なことです。人間の卑屈さというのは妙な形で妙な部分にあるものなのね、安心して叱られないのも卑屈さの一種のようです。自分の意見に自信のないのも卑屈であるが、何というかわたしの場合は、対あなたでなく、第三者に対したとき、自分の意見には常に十分自信をもって居ります、対手につよく其を主張もいたします。ここにも一つの矛盾があるのでしょう。状況から来ている点もあるのね。わたしたちは一つ家に久しく一緒に暮していろいろなことについて自分の意見ももちよって処理する夫婦の暮しかたをちっともして行かれず、いつも、短い、ゆとりのない話の間に事を運んでゆくのだし、あなたのお暮しから云って、わたしとしては、せめて自分へおっしゃることは抵抗なく流通させようという先入的なゆずりがあって、そういうものが、場合によって
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