彩というものが根底から消滅して、それに代るものはなく、がらん堂な赤いカーペットの中二階にグランドピアノがありました。なかなか一種の感じよ。
 日本橋まで歩いて行ったら、白木屋も使えるのは一、二階だけらしく上部はくすぶった焼籠のようです。あの辺すっかり平ったくなっていて、「講演会」のあった国分ビルの横通りで、立のき先出ているのは、栄太楼のほか唯一つ。それは何とかいう人が富山県へ疎開したということです。タバコやもその横の露路も、焼けぼっくいの下に消え果てて、裏の大通りまでつつぬけになって居りました、この辺は小さい小さい店舗がぎっしり詰っていて、一間の間口で都会の生活を営んでいたのですからこうなると、もう一望の焼跡で、生活の跡はどんな個性ものこしません。日の出[自注10]あたりだと、猫の額ほどの跡にでも立退先と書いてあったりしますが、この辺の小さいところのはかなさは凄じいものね。火の粉と一緒に、生活の根がふっとんで、もう跡もなしという形です。タバコやがマッチの箱ほどの店をはっていて、その露路の、わたしの身幅ぐらいのところの左手にガラス戸があって、「東京講演会」と書いてあったのにね。講演の速記
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