よ。季節の抑揚ある樹木が庭らしいわね。紅梅の濃いのがほしゅうございます、よせ植えはいかがな様子でしょう、それでも梅は梅なりき、という風? 蕾がそだって居りましょうか。一本の濃い紅梅の下に、蕗の薹《とう》がめぐんでいて、雪の上に陽炎《かげろう》が立ち、しめた障子のなかにわたしの一番仕合せな団欒があるとしたら、そんな図柄は金地の扇面にこそ描かれると思います。雪はそんなに日本らしいのね。五月の新緑のときの、灰色空の嵐、驟雨、ぬれた街路樹の青々した行列、稲妻、そんな風情はこってりとした濃い感覚からどうしても油絵でしかあらわせません。日本の美術は春嵐という六月は描けたが、人を夢中にする五月の嵐は余り表現いたしませんね、そういう自然の横溢が美しくてこわいような裡を、わきにいる人からうける安全感に護られ乍ら、顔を雨粒にうたせつつとっとと歩いたらどんなに爽快なことでしょう。こんなに書いて来たら、到頭とっておきの白状をしたくなりました。云ってもよくて? それはね、わたしは自然のいろいろの様子がごく好きです。霜のある夜や月明の夜、野原を歩いて見たいと何度思うでしょう、市街の夜更けや明け方も面白いわ。そうい
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