らないと思います。二十五日のような(火)しかられかたをしたり、声も出ないようにべそかき面になったりするようでは、まだまだであると謙遜しなくてはなりません。ユリの不揃いな成長、アンポンぶりは、時にあなたを苦笑させ、時におこらせ、奈良の薬師寺の国宝の四天王の眼のように四角い四角い眼で見られるとき、ブランカは、どんなにちぢみ上るでしょう。口答えも出来ないほどちぢみます。そして、小さな丸いきんちゃく[#「きんちゃく」に傍点]のようにちぢみ乍ら、心の底でびっくりしてあなたのシ、カ、ク、イ二つの眼を見ます。ああ昔の芸術家は、何と立派なモデルをもっていたものだろう、これは四天王にそっくりだわ。本当にそのままの、可怖い四角い眼だわ。四角い眼のまわりに睫毛があんなに生えていて、そう思って息もつかず見つめます。
あの本のことはごめん下さい。お母さんのお手紙の調子で出しにくいようになってしまって。出しにもって行った人が、不受理で戻ったりしてそのままになってしまったから、あなたに出しましたといったことになってしまいました。
島田行は、こんどはわたしとして大乗気です、もうもってゆく包みもこしらえ、もし途中の夜歩くといけないからカンテラまで用意しました。ほんのべん当、肩からいつもかけているカバン、風呂しき包み(いざと云えば背負えるだけの)で行きます。おみやげは、かさばらない布類でかんべんして頂くこととして。一昨日から、もう切符買いに着手しましたが、本月一杯は強制疎開が急テンポ、大量なので迚も手に入らず。どうしても来月四日以後でなければ不可能です。却って丁度いいと思います。やっぱり八日後に出かけます、寿は、こちらへ来るにしても持ってくる米がないからその配給の都合で八日に来られるかどうか分らないそうだし、てっちゃんも果してどうか分らないし。やっぱり八日まで居りましょう、その方がいいわ。そして出かけます、ゆっくりと。それまでにひまのときは、郊外へ泊りに行ってもいいでしょう? 例えば鷺の宮や成城の友達のところなど。
ここのうちは、戦災、疎開受入れ家屋の実を果していて、次のような構成となりました。わたし、G夫妻、細君の両親、兄弟が出たり入ったり、一人の弟はこっちへ転出(配給をここでうける)Gの父(鉄道につとめ、家族赤羽で強制疎開となり)合宿暮しではやり切れないから、こちらで配給をとって一週一度ぐらい休みに来る。細君の従弟、親は疎開、一人でよそにいたらそこが強制疎開、こちらへお願い出来ましょうか。こういう組立です。だからあっちこっちから寄って来ると、八九人にもなり、さもないとG夫妻と三人となり。極めて、波のさしひきがきつく、従ってわたしは安心して、すこし風よけをいたせます。十日の払暁以来、前々便にかいた有様で、わたしとして開放的であることと、のさばることとは別であるという線をはっきり出すに、幾人いようとも数をたのむべからざることをいつとなしにしみ込ませるまでにはやはり半月はかかりました。それに裏にいた近藤さんが、妻子も自分も疎開することにきめたので裏の家もやがて空きますし。「女の、体のよわい宮本さんが、ちゃんとがんばって居られるのにどうも」という話です。「そんなことはあるものですか、わたしはここにいた方がいいからいる丈で、危険はよく分っているんですもの、どうぞ一日も早く疎開して下さい、わたしもその方がどんなにか安心よ」というのは、ね。近藤氏夫人かつて曰く「ええええ、この辺の人なんかサーッサと逃げて行きますよ、そんな人達ですよ、見ていてごらんなさい」そしてわたしたった一人の時、よく申しました、「これでお宅へ火がついたらうちはおしまいですよ。いくら消そうたって、叶うもんですか」だからね、わたしがおとなりの疎開をよろこぶわけ、おわかりでしょう。もうここの隣組でその家の人がいるところは殆どなくマヒ状態です。ひどいのは家財道具おきっぱなしで人はいません。全く焼けて下さい、という有様です。その間にはさまってブランカ火消しで落命したくはありません。
ここが焼けて、いきなり行くところがなくてはいけないので、中野区鷺の宮三ノ三六近藤方にきめました。うらの近藤さんの老母がそこを退くのです。つい近くにもう一軒疎開手続をした家があって、そこがひろいから近藤さん一家が移る計画ですが、とっちもまだ空いてはいないので(次のドカンボーまでのことでしょうおそらく)一先ず老母の家へ近藤さんが移り、わたし達がやけ出されていったら二つの家の間で割当てて暮すという約束にしました、火にまかれるのが一番こわいわ。荷物をもった人波で動けないうちに、火に囲まれたら最後です。決して決して国民学校の地下へなんかかたまるものではないことね。麦が成熟する時期は郊外も油断なりますまい。
十四日のお手紙、塩の物語[自
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