四種で順ぐり送っておきます。そちらであなたに御不用のものを下げて頂くことが出来ましょうと思って。それがお互様に便宜でしょう、明日郡山駅で切符は申告いたします。成功することを心から願います。
八月二十六日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書 書留)〕
八月二十四日
夏の終りの荒っぽい天候になりました、北側の山々(安積山の山並)が、深い藍紫色に浮上って見えるようになりました。盛夏の間こちら側の北はぼんやりしているのよ。朝起きてその濃い山並を眺めやり、もう秋のこんなに近いこと、そちらのことを思います。そちらの山々はきっともっと秋めいた色をしているのだろうと思い乍ら。そして、縁側においてあるわたしの小さな行李の中みは、入れかえなければならないと。もう麻の着るものは来年まではいらないし、秋のものはもっと入用だし、戦争がすんだからにはもんぺばかりでも困るのだろう、帯も一本は入れなければなどと。
昨日ハガキに一寸書いたとおり、十日までには必ず切符を持って来ると云っていた寿江が余り音沙汰ないのですっかり心配していたら、一昨日の夕方ひょっこり来ました。八月一日に来たとき寿は心配で一人でやれないからせめて船にのる迄送って行く。そして後から北海道へ行って暮したい、そう計画したのでした。事情が変りましたからわたし一人で結構ですし、寿が北海道へ来ない方が大局としていいでしょう。しかし寿とすれば、事情が変ったから送るのもやめたし北海道もやめた、待たしてすまなかった、というべきです。あんなに縋るように自分の身のふりかたに困ったことなどケロリとしているのよ。
波瀾の中で一人で気をもんだのだから仕方もないと咎《トガ》めませんけれども、得手勝手ねえ。そして自分の得手勝手を対手の側に理由づけるところが気に入りません。切符は駄目だったのよ、どうする? 困ったというところを、「まさか行こうと思ってるなんて思いもしなかったから」というのよ。可愛気のない心の動きね。つまりわたしの心もちも自分の都合で軽重変化するのです。決して当てに出来ないわ、それが寿の直接問題でない場合。国と寿とは、互に同じこういう点でいつもぶつかり合い、互に其を共通の欠点だと思わず対手をせめるのです。小人の必然として主我的なのねえ。その主我もリップスのところ迄も行っていないのよ。即ち自我の発展としての信義、愛の恒久性の確保というところまでさえも。些細なことですけれども、わたしが寿の身の上安否について抱いている関心の誠実さ、そちらへ一日も早く行きたいと思いつつ寿の好意を信じて待っていたこころもち。其はどちらも尊重されなくてはならないものです。寿は国と全く同じね、自分の側がそういう目に会うと棒大に感じ、自分の勝手で対手をそう傷けても威張っているのよ。
きょう、午後から郡山へ行きます。そしてビューローで切符について相談いたします。今そういうことをする位なら何のために待ったでしょう。でも、もしかすればよかったとも云えるかもしれません。海の上が安心だし汽車もこわくはなくなったわけですから。そうとでも思いましょう。
いろいろの条件から、わたしはどうでも動けるようにして、その気もちで参ります。短くも長くもいられるような気もちで。
ここの生活は丁度おそろしい不揃の馬におそろしくぶぞろいな手綱をつけたチャリオットがころがって行くような生活よ。一頭の馬はじれたがって頭ばかりふり手綱をビンビンひっぱり荒びています、この馬にとっては手綱が短かすぎるのよ、
もう一頭は重い鈍いしかしおどろくべき度胸で自分のテンポを変化させようとせず、のたりのたりゆるい手綱をたるませてダクっています。小さい仔馬まで間にからんで、わたしは総合して生活というものを感じているから、まるで何というか肱がビンとなるほど一方の手綱が張ったかと思うと、たるんだ方の手綱が其にやたらとからみつき仔馬のたづなは間で、どっちがどうか分らなくなってしまうという風に感じます。その混乱の根本解決って何もないのよ。わたしは、家庭生活のこういう面には、実に疑問を感じます、十六年の末から四年、わたしも全くよく辛棒いたしました。北の国のお百姓は、お客に行って、十分御馳走にあずかってもう結構というとき、顎の下まで一杯に手を横にしてド・シュダーというのよ。わたしもド・シュダーね。こんど事情が変って生活を変ったら、そちらへ行くにしろどうにしろもうこういう生活へは、「お客」以外になりたくないわ。反対の面から国もそうなのよ。家内に、精神のつよい活動がおこるのが負担なのです「永い間は無理だね、マア静養する間がいいんじゃないか」そうだわたしかに。わたしにとって苦痛は実直なる人、勤勉なる人、何かせんとする人が、家内に一人もいないことです。
さて、午後の首尾はど
前へ
次へ
全63ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング