歎いて居ります、小包がきかないからうけとる方法もややこしくておくれました。本は、行先へ送っておいて、とおっしゃったけれど、ここまで来ていて、本人がいらっしゃらないうちそれが理由で紛失しては残念と思い送りませんでした。明日小包こしらえて送ります。ここからならすぐ出ますから。こんなところにしては珍しいでしょう、うちの門を出て草道を半丁ほどゆくと、赤いポストが立って居ります。これもそこまで入れにゆけばいいのよ。バルザックの「農民」は世田ヶ谷からかりて自分が読もうとしてもうここに来て居りますが「木菟党」はわたしのは千葉で寿に云ってやってお送りさせます。
 あっちからも小包はききますから。三冊ずつ本がおよめになるというのは本当にうれしゅうございます。わたしもそちら暮しとなり、本を一ヵ月に三冊ずつ補給するのは、どういう風に行くんでしょう。便利と不便と交※[#二の字点、1−2−22]ね。本がないのが何よりの不便。かりる人もろくにありませんから。今のうち(十二三日に帰ったとき)何とか打ち合わせしておきましょう。本そのものは、やけない北海道にたくさんあるわけだけれど、人間を通して出現するわけだからそこがどう行くかしら。今度帰ったらそのことすこし本気で考えましょう。疎開のつもりで、かしてくれればいいのだわ、ねえ。ヴィタミン剤のこと承知いたしました。ほかの「かんづめ」などはいかがな都合でしょう? 江井(覚えていらっしゃる? あの律気なもとの運転手)がお見舞と云って二つくれたのがあって大切に大切にリュックに入れてここまで背負って来て居ります。安着の御祝にさし上げたいこと。
 切手のことわかりました。本と一緒に送りましょう。封緘はどうでしょう、このお手紙は何だか切手のはりようのトンマさに覚えがあるようですが。十枚も送っておきましょうね。
 連絡船についての御注意特別ありがたく頂きました。自分でも一番気になって居りました。御承知の通り、わがこゝろ 雲のごと 天かけれども 身は あはれ金槌。ですものね。必ず昼間にいたしましょう。万一[#「万一」に傍点]ユリがゆくときではなく。きっと。この海をわたるときユリは大蛇《おろち》よ、こわいでしょう。太ったゆっくりした大蛇を思うと、凄味がなくて笑えるばかりね。あなたも、ちがったところで、そんなおろちを御覧になるのもわるくないでしょう? おろちのうれし涙ってあるでしょうか。「古事記」の語りてはそういう愛すべきおろちは存じませんでした。

 七月十日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(レスリー筆「黙想」の絵はがき)〕

 きょうは壕入りがいそがしい日です。こちらは小さい子や動けない子がいるので鳴動的ですが、全体から見ると、こわさは林町とくらべものになりません。小包をその合間にこしらえます。中華国語、三省堂日本地図・農民それに封緘十、一銭二十枚、二銭十九枚(これしかなかったのよ)村の司祭[自注16]はかりたと思ったのにありません。それにこうして見ると何と僅かの本でしょう。ほんとに何と少しばかりの本でしょう。ここでも感じますが、大きい自然の中では人間が押し出されたものが見たくて、たとえばセザンヌのような(人物)絵がほしいとお思いになるでしょう? 面白いことだと思います。

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[自注16]村の司祭――バルザックの「村の司祭」。
[#ここで字下げ終わり]

 七月十四日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(湯島小学校六年 デジママサコ筆の絵はがき)〕

 そこは三つ眺めとよむのね。きっと美しい三つの眺めのあるところなのでしょうね、そちらも地区によって名の系統に変化があるらしいようです。
 体の痛いのと、ガタガタで、東京へゆくのもすこしおくれますが、大奮発をしてそちらまで辿りつきましょう。その上でのんびりすることにしてね。ここに風呂がないのよ。わたしは東京であれ丈疲れて来たから痛みがおこって来たのでしょう。近所の爺さまの家の渋湯に入って、大いに一がんばりいたします。

 七月二十七日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書 速達)〕

 七月十四日
 このところ、払暁から、紙やペンを、お見覚えのあの袋につめこんで空をにらむ日がつづきます。こちらは子供がいるし、全体としてぼんやり安全感があるせいか(うちのものは、よ。東京に比べたら、というところがあって)緊張も準備もぼやんとして肉厚で、妙です。このゆっくり緊張でも只今のわたしは辟易よ。脚のうしろがつれたり腕がつれたりして大分、ブリューゲルの何とか聖泉の病婦人めいた形で歩いているのに、やっぱりもんぺはくし、号令をついかけるし。きょうも、今まで横になっていて(午後五時)北方の空もおだやかになりましたからこれをかき出しました。
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