らしらあけから盛に飛行機がとびます。子供飛行機――つまり練習なの。しかし夢の中でその音が刺戟となり朝はいつも何か空襲の夢を見るから閉口です。けさは、あなたが何だか助けに来て下すって、門の樹蔭のようなところにかがまって、甚だそういう場合であることを残念に感じながら目をさましました。実にひどい音なのよ。今丁度昼飯時で、空のブンブンも御飯に下りていて、しずかに鳥の声がきこえて居ります。
 わたしは、梅干の種が一つ入っているお茶わんをわきにおいて又書院の棚のところに居ります。ブリュラールと。梅干は、ゆっくり横になっていて、御飯ぬかしたから(朝)お握りを一つもらってたべたからなのよ。梅干を入れて貰えるのは凄いでしょう?
 ブリュラールは、ほんとに話すように書かれているので、これをよむと心が流れ出します。こういう珍しい休みの中にいて、こういう本をよむとわたしの全心が音を立てるように一つの方向にほとばしりはじめます。そして、書き出さずにはいられないの。
 きょうほんとうは、もうここを立つ筈でした。ところが、東京へ国が来るための切符が又候出来ず、座席もない汽車にわたし一人乗って行くのもへこたれるので待ち合わせ、明日一緒にということになりました。咲は、焼けたところを見ていないから、荷物の整理なんて、自分がしたときのように出来そうに思って、欲ばりよ迚も。ああいう火と爆弾の間を縫って何かしているような気分は、もう絶対に分らなくなっているようです。疎開なんて、その点いやねえ。作家なんかがいち早く疎開したら、一生のうちにとりかえしつかないピンぼけの一区切りが出来ます。昨夜その話が出て自認しているからはたが迷惑だよ、と笑いましたが。
 ここにもよし切りが鳴いて居ります。カッコーカッコーカカカと閑古鳥もないて居ります。でも、ここでは不思議とうたが一つも浮んで来ません。ごたごた生活のせいもあるし、まだ用の途中でそれどころか、ここへ来ているのさえ用のうちだからでしょう。国も、全く、ね。わたしがわざわざ来なけりゃ動かないなんて実に、ねえ。
 こちらでは、朝日新聞が東京から来なくなって福島民報一本立てとなり地方独立単位にはじまりました。毎日、読売、朝日と併合となっていますが、地方新聞の型を脱せず、国際情報なんかありません。記事の扱いかたもバランスが妙です。こういう新聞しかよめないのは弱ったことだと思います。視野の点で非常にちがいますから。
 こちらへ来る二日前に、本類そちらからつきました。相当ありました。いろいろ。おっしゃっていらした日本地図、中華語の本、衛生の本みんな出て来て別にしておきました。東京からは第四種も駄目となり本を送るのは一層不便となりました。しかし何とかして田舎へ送っておきましょうね。
 そちら、どうしていらっしゃる? 気候不順ですから調節範囲のせまい身のまわりで御不便でしょうと思います。一寸一枚下に重ねたかったり、一つかけたかったりいたしますものね。薬はまだありましょうか。この辺の薬やはね、薬を疎開させていて何一つないのよ。焼くよりは、と東京では売り出しましたから対照が面白いこと。三越なんか売っているのは薬のみというようですって。
 わたしは江場土であんなに休んだのに、あれから一ヵ月の間にめっきりやせて、この頃は相当のものよ(やせが)病気でなくて、こんなになったのは、初めてではないかしら。あなたもいろいろでいくらか細くおなりになったと思いました。お互さまね。わたしは忠実な妻ですから、あなたが細くおなりになるにかかわらず自分は益※[#二の字点、1−2−22]丸くなるという工合には行かないのよ。天の配|剤《ザイ》[#「天の配剤」の左に「いかにもむずかしいハイザイね」の注記]はよろしきを得て居ります。輪はそろってまわります。
 きょうは、初夏めいた風のややきつい空の美しい日です。庭の芝の先に楓の低い生垣があって、その下は低く、ゆるい起伏ある耕地、森、町の方の煙突、そして三春方面の山並が日光にとけて見えて居ります。(これは東)北側に大きい池があって桜並木越しに嶽《ダケ》の山々が見えて居ります。(アラ、もうお昼休みがすんだのよ。バタバタガーガーがはじまりよ)
 今年は天候不順で田も畑も困難が多いようです。きのう、国がジャガイモの花つみをしていました。林町のジャガイモは芽をつんでしまってるのよ、花は咲かないわけでしょう? 淋しいわね、それでもああいうヒヨヒヨのに実をつけるためには芽をつんでしんをとめるのですって。わたしが来る前胡瓜に手をやらなければならなかったのですが時間がなく、うちの連中はおよそそういう人達でないから、胡瓜は困ったことだと思って居りましょう。島田のおいしいうずら豆ね赤っぽいところに斑の入った、あれを蒔いたらよくのびて、これはわたしが手をやっ
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