なり外が眺められます。腰かけて勉強するには、こういう工合が室の方がいいこころもちです。青い小さい柿の芽、紅い楓の芽、古びたタンク、そして垣根越しに隣りの庭の柔かい楓の芽立ち、乙女椿、常盤樹が見え、雨戸のしまった大きい家の一部が見えます。
こうして自分の巣をこしらえられて(それ丈の人手があって)何とうれしいでしょう。去年の四月から、相当の辛棒いたしましたが、その甲斐があり、落付く一刻が千金です、島田へ行く切符が買えるか買えないか、判るまでたっぷりこの室の愉しさをたんのうしようといたします、右手のしまった襖をあけて入っていらっしゃったら、きっと、なかなかいいじゃないか、と仰云るでしょう、この室は砂壁でね、もう古いもんだから糊がぼけて、一寸さわってもザラザラ落ちるのよ、其がいやだけれども今度は智慧を出して、机椅子のほかには何ももちこまず、正面の壁が寂しいからそこへ飾棚をおいて、美しい古壺を一つ飾ってあります、すぐ傍で自然はきわめて動的ですから室内は全く静かでよく調和いたします。
一年ばかり大ガタガタで暮し、外へ出れば傷だらけなのでこんなに落付いた味が恋しくなったのね。すてられて、雨戸を閉されている雨の庭を見下して、小さいこの室が活々と音のない活動に充ちているのは面白い光景ね、生活というものの云うに云えない趣です。
島田から、きょうお手紙が来ました。みんなで待っていて下さいますって。ありがたいと思います。冨美子が上島田へつとめるようになって、島田へ来ていますって。あの子がいれば、随分うれしいわ。いい子です、そしてもう立派な大人で、さぞいい話し対手でしょう。ゆっくりいろ、と云って下さいます。移動申告をして来るように、とのことです。あっちもそうなったのね。しかし今こちらはすぐ移動出来かねるのよ、国男が移動して(先月末)米の精算の関係からわたしの米の配給が月初めオミットになりました。(先渡しがいつもあるのを、こういう機会に精算するから、一人きりのこされる人は、えらい目に会うの)菅谷の方へくいこんで暮しているの。ですから、せめて二十日ぐらいはこちらへ米を返さなくてはわるいから、行くとき移動はもって行けないわ、そのことを申して又手紙あげましょう。
どうしてもしなくてはならない外出が、月一度となったらば、わたしは何年ぶりかで、満足するほど家居し、畑の世話をして、勉強して暮そうと
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