すが、この号は「内科」で呼吸器を扱って居りますから。『日本臨床結核』というのも、どのようなものかしら。『結核研究』は出て居りません。
 きょうは、(二十五日)警報で一日がはじまり。又雪になって来ました。積もりそうね。こんな天気にB29[#「29」は縦中横]で壕入りは閉口と思って居ります。大挙来襲しそうに見えたのは、詳報なしの由、よこへそれたというより、手前で稼いだというわけでしょうか。Bでヘキエキするもう一つの理由は、急に食堂の大ガラス戸が二枚動かなくなりました。Bときくと全家開放なのよ。小型機ときくと雨戸をしめなくてはならず。〔検閲削除〕マア二十分後に到着ですって。〔検閲削除〕
 二十六日。きれいに積った雪が庭では一尺五寸もありそうです、ところで、昨日、手紙あすこまで書いたのが殆ど午後二時。三時すこし過には、このあたり大修羅場を現出して、一月二十八日の夜の数倍の轟音と、すぐうしろの藤堂子爵の火の子で大奮戦をして五時すぎやっと安全となりました。夜中のブザではもう体が動かず、三つ四つの轟音をふとんかぶって失敬しました。日暮里の方に向って、うちから半丁ばかりのところに大疎開道が出来たということには何かの理由があるでしょうね。一ヵ月に一度ずつ、こうしてつい十四五間先にバクダンがいくつか落ち、火と闘っていると、いやでも度胸が出来ますね。どういう線があるのかしらないけれども、うちはその線の下で、いつもほんの指のかげん(ボタンを押す)みたいなところでタマはまぬかれて居ります。しかし保たないでしょうね、ここの線はB29[#「29」は縦中横]線らしいわ、そっちの受持ちらしいのね。寿が、いい工合に前日(二十五日)来ていたので昨日は火の見張り、水くみ、けさは雪かき、情報ききと親身に活躍してくれて、大いに助かりました。いる女の人は火が近い、となると、自分のものをもってうろうろして、私が云ってやっとバケツもって出てゆく程度ですし、最後まで安全と思っていたところが案に相違して、ひるも夜も同一線に落してゆくというようなことで浮腰たって居りますし。今にきっと何とか云い出すわ。そのときわたしは是非いてくれ、とは云いたくないのよ。寿が来てもいいと云ってくれるから、そういう時は寿がここに暮してくれるよう、開成山に談判しましょう。国が用事で上京する、そのとき寿がいては困るというのは余りひとを馬鹿にした話
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