、どうするでしょうね、そうしたら東京にいなくてはならないでしょうが。そうなればブランカ恐慌です、御察し下さい。
段々汽車の旅行が困難になりつつあり、其は加速度的傾向です。ブランカにとって長途の旅行はあらゆる事情から困難となります、疎開先についてあれこれと考えて居ります。好都合に近く運びたいと思います、地方半定住のことも、想像していたようにゆきそうもありません。地方的偏見がつよいから、そして混乱期のそういう偏見の結果は計らざる不幸さえ招きますから、東京にいてさえわけの分らない目に遭うものを、そういうあぶなっかしさにあうのは愚劣ですから。暮しかたはむずかしくなりまさりますね。よくよく練って研究の必要があります。それに、本が一層不便になる場合、生きた雰囲気が活溌に送りこまれることは最も必要なことでしょうと思います、そして、そういう生活雰囲気は、同じ小さい空の下で、ましてや歩くのは一本の道と限定されて会う人もとやかくという環境では、極めて流動をかきます、動いてしかも動かない旅行者に近い事情に生活することは大局からよくないでしょう? 補給の上からよくないでしょう? この頃そう考えて来て、しかし乍らここの家もいつまで無事か分らず。さてさてと思って居ります。いずれにせよ、船のいらない疎開先でなくては困ります、船はタヌキの舟でなくても沈むのよ、ユリは酔うのよ、空気は性にごく合っていても、袋に入れて吸入用にならないし、クラウゼさんの云い草ではないが、長い補給路ほど辛いのですからね。半年後に日本の旅行は全く異った相を呈するでしょう。汽車は去年の種から生えないのが不便です。電車にしてもね。人間の足幅だけで、地べたを刻んでゆく旅行が再出現したとき、どのような「奥の細道」が創られるでしょう。「十六日夜日記」が出来るでしょう。ブランカの足が刻める距離ということも冗談でない或時期の考慮にのぼって参ります。条件がいかにも複雑ね、そして反面には残酷に単純です、ふっとばされなければ、という仮定について考えてみれば、ね。この二つの面を縫って、何が先ず大切か、という判断だけが正しく進退せしめるというわけでしょう。手がかじかみます、本当にさむいのね。
二月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
二月十八日
きょうの静かさ、陽の暖かさ、身にしみるばかりです。一昨日は、相当でしたね、ヨ
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