(※[#ローマ数字2、1−13−22]) 七月七日、六月十六日のは戻りましたが、そのあと書いた手紙やエハガキはどうやらそちらへ行ったようね、着きましたろうか。久々ぶりの旅行でさぞお疲れでしょう。夜の汽車のさわぎ、あつい汽車の中、夜が明けかかって青々とした山野が見えるときの御気分、いろいろ思いやりながら五日の夜汽車にのって戻りました。青森行は大変ね、北の方ははじめてでいらっしゃるから風景も印象的でしたろう。まだアカシヤの花は咲いて居りますか。海も久しぶりの眺めでしたろう。そちらの景色はパセティックなところがあるでしょう?

 七月八日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書)〕

 ここ二三日こちらはいくらか秋めいた空気です。空に雲が多く複雑に重っているのに山はくっきりと藍色に浮び、空の色は実にいいゴスです。ここでこの位ならば、その辺はもう秋が来ているのかしらと思います。尤も北海道は八月で夏は終りましょうけれど。わたしは、今、一寸した気候の変化についても、気《け》ざやなりけりという風に敏感よ。そして、秋の来ないうちに、そちらに落付こうとしきりに思って居ります。
 この前(六月十五日ごろだったかしら。それから十九日迄)こちらに来たときは、心痛一杯で気をもんでいて、ここの生活の空気にもなじめず気持が切のうございました。早く片づけなくては私の今後一二年間の生活に影響するような用が国のズルズルのためたまっていたので。そういうとき書いた手紙が、丁度そちらへの初便りとなってしまったのねえ。様々に印象ぶかい旅をなすって、やれとおちついて今のわたしのように風のたたずまいにも感じが動かされるようなとき、あんな詰らないくしゃくしゃ手紙御目にかけてわるかったことね。御免下さい。あの時は、ああやって書かなくては気が持たなかったのよ。
 国は十九日から七月三日迄滞京。いろいろの重要な用事を順調に果すことが出来ました。いい工合に、その間は東京がすこしひまで壕へ入ることもなかったので、本当に助りました。これでわたしの生活の事務的面が整理され、もうそちらへ行けるようになった次第です。一年か一年半は、気をもまないで休養と勉強とで暮せそうです。往復は不可能ですしここに暮すことはあながちよくもないから、そちらのどこかで暮します、その町か、すこし奥へ入ったところかどこか。面倒でないところで。保
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