た一つの引出しがあったのね。それが杖で触れられて開くようになって、ああああ何とそれは鳴るでしょう。全く謙遜に、抑えかねるよろこびと献身で、小さいオルゴールは何と鳴るでしょう。よろこばしさの中にエゴイスティックなもののないかということを気にするくらい、へり下って。
 荷づくりしている手や膝は、おきまりどおりによごれて珍しい何一つもありませんが、このお古のテニスシャツの下にうっているのは、余り丈夫とも云えない女の心臓一つではないわ。
 あなたには、これらの感動が文学的[#「文学的」に傍点]すぎて聴えるでしょうか、もしかしたらそうね、少くとも「いく分そういうところもなくはないね」? そういうものよ。自然なものはいつも自分でそれを知っては居りません。チェホフが、若いゴーリキイに云ったようにね、君は風が囁く、とかくが、風は軽く吹いているだけですよ、と。そうよ、でもその風があんまり爽やかで活々としていれば、土方《ドカタ》だって御覧下さい、ああやって胸をあけ、皮膚にじかにそれをふれさせようといたします。

 九月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 九月十一日
 雨が降り足りない
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