ますが、こちらは文学以前の自然だとも思えます。精神を型にはめる安定な自然でなくて、どこかで常に破調があって、先へ先へとひかれてゆくような自然ね。
 さあ、おけさ婆さんが、お墓参りの花をもって来たわ。これから一寸お盆着に着かえて(!)お墓詣りいたします、家じゅうそろって。健坊も歩いてついて来るのよ、きっと。健坊は、ワンワ、ニヤニヤ、山羊はミューと分ります。牛は何てなくの? モー。健ちゃんは何てなくの? モーオ。だって。大笑いね。
 夕立がそれて大分むします。むす、といっても比較にならない程度ですが。
 十八、九年ぶりで歩く草道は、どんなになっていることでしょうね。ここいらの樹間の草道には、特殊な趣があります。桔梗が野生に鮮やかに咲いて居ります。では明後日には。

 八月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書)〕

 八月十四日
 いま午後五時です。少くとももう東京に向ってかなり走っている筈のところ、わたしはこうやって机に向っている始末です。この頃の旅行はまるでどこかの探険旅行のようね、思いがけない支障で中途で腰ぬけになったりして。今日のさしつかえは、切符が買えないとい
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