ってくれました。寿もその間には、ふっくりした表情になって、この三四年来になかった心持のよい日を送り、あとどんな嵐が来ようと、つまりようございました。わたしは寿がつくづく可哀想よ。わたしは弱いものいじめをする人間は大嫌いよ。互格でないけんかを売るような根性は、ふつふついやです。そしてこの腹立ちは清潔よ。人間が人間らしくあるよりどころです。寿は鍛練が不足だし、性格のよわさもあって、自主的な善意。何しろ寿は心にかかることです。〔中略〕
 国は退去命令が出そうな事態になったらそれ前に田舎へ行くそうです。何も彼も放ぽり出して。話しだけにしろそうなの。わたしはそういう風に行動する気になれないから、家をもっとしゃんと腰の据った態勢に整理して、小堅く確信をもってやりとうございます。
 この間、咲が台所で鍋を洗いながらね、「ねえ、あっこおばちゃん、どうしたらいいんだろう。一生が又もう一遍やり直せるものならいいんだけれど、そうでないんだもの、ねえ」と述懐してわたしを言葉なからしめました。国は咲が一面大事なのに嘘いつわりはないのよ。
 世界はこんなに大きく歴史が轟いて推移して居り、その波は日夜この生活にさし
前へ 次へ
全357ページ中162ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング