終わり]

 一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 一月二日
 あけましておめでとう。ことしの暮はめずらしい暮でした。従っていいお正月となりました。そちらも? でも、大笑いして居ります。餅のような、という言葉は、子供の頬や女のふくよかな白いなめらかさに形容されて、日本にしかない表現でした。美しくて愛くるしい表現でした。ところが、もし今年の餅になぞらえて、あなたはほんとにおもちのようよと云われたらそのひとは、どんな返事が出来るでしょう、と。こんなにブツブツでうすくろくて、愛嬌がなくて。餅もそうなっているというところに、何ともいえないいじらしさはあるにしてもね。憐憫と、うれしい愛くるしさとは別のものですもの。
 ことしは、大分わたしの意気込みがあって、大晦日には二階はちゃんと煤もはき、よく拭き、御秘蔵の黒釉の朝鮮壺には独特の流儀に松竹梅をさしました。そして壁にはこれも御秘蔵のドガのデッサンの複製をかけました。赤っぽいものは机の上の飾皿だけです。なかなかさっぱりときれいです。花はこれを書いている左隅の障子際においている白木の四角い書類入箱の上にのって居ます。今坐って居り
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