かなかコンパクトにやれると思います、ここにガスの口があります(もとストーブ用のが)それに手洗場の水道をつかって、外のすのこを流しにすれば。でもほんとうにどんな生活がはじまるのでしょう、歯は早くなおさなくては、其につけても。痛まずかけました、私の歯はよくそうなのよ。
ゴビの砂漠という写真帳をかしてくれた人があります、学術探検隊が行ったとき読売の写真班がついて行ってとったのです。ヘディンの蒙古に関する記録をよんでこれを見ると面白いのでしょうが、そんな気おありにならないでしょうか。うちにヘディンはかなりあります、『馬仲英の逃亡』『さまよえる湖』(ロブ湖のこと)『熱河』など。上二冊の部分ね、ゴビは。大気のよく澄んだところの写真はきれいです。ラマの祭りの仮面踊りはアイゼンシュタインの「アジアの嵐」という映画にあの時代らしい手法で、比喩的にフラッシュで使用されていました。蒙古人の食物も不味ではない由。青いものが少いらしいのね、しかし牛乳製のものが主食だからいいのでしょうが。レーニングラードに蒙古人で日本の父をもっていると称する女がいました。全くの蒙古人の証拠に、日本語の発音の自然な適応性がちっともなくて、顔つきもこの写真帳の女のようだったわ。ふしぎな女。医者でしたが。
十七日、きょうもいい天気です。美しい光線です。けさ新聞に、林町と道灌山の間が建物疎開地域になって居ります、そうでしょう、このあたりは入りくんで人が一人やっと通れるような道で抜けていたりしますから。それからあの動坂と林町の間のゴチャゴチャ区域。あすこも危険地帯です。本郷は菊坂辺もそうの由、わかりますね。林町の裏には大きい貯水池が出来て居りますが。
喉は、夜中に湿布してきょうは快方ながら油断無用と申すところ。明日ドラ声女房で現れないためにね。二人あそび終り。
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[自注8]アホートヌイ・リャード――百合子がソヴェト同盟滞在中に知った場所。
[自注9]西からかえったら――百合子が西ヨーロッパからソヴェト同盟へもどったこと。
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四月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
四月三十日
きょうは、又、のんびり二人遊びで暮そうと金曜日から楽しみにして、先ずその前祝いとして昨夜は九時に床につきました。全くぐっすり五時間ほど眠って一寸目がさめ、ぐっすり五時間眠ると一通りは眠ったことになるらしいのね。暫くパチクリして、ああ何と伸々していいのだろうと、床の中でうれしくのびたりちぢんだりして、雨戸すこし明け、朝の空気入れて又眠りました、すると、中條サン、中條サンと裏の画伯の妻君の声で、おきて手すりから見下すと、満開の山吹のしげみを背景に「ボークー演習」と小さい声で怒鳴ってくれました。「あら! 今日になったの」「そうですって」そこで遑てて紺モンペはいてへんな布かぶって、かけ出しました。七時半から九時半まで。きのうだったのよ。きのうは国が居りましたから「たまに出た方がいいわ」「うん」というわけだったのが、七時にサーッと降って来ました、それでおやめ。十時に晴々とした天気になりました。「いいとき降ったネエ」しんから嬉しそうです、というのは十一時五十五分でカバン二つ両手にもって水筒さげて開成山へ立ったからです。すんだと思っていたのよ、ですから。でもいいあんばいに大したことはなくて終了。しかし、きょうは防空壕の検査があるといので、モンペはぬがずいると、十時半ごろ警防団員、警察官三人で来ました。「ああ、これなら安全です」よかったけれど、バクダンは、これらの人々のように物わかりが果していいでしょうか。あやしいものね。こうやって、若々しい楓の枝かげに、芽《メ》を出したばかりの春の羊歯《シダ》の葉に飾られてある壕は風雅ですが。十分深くもあるようですが。
それが終り一仕事片づいたわけです。十一時に河合の春江という従妹が来ました。咲の姉よ。一番わたしと親しくして、今つかっているペン(赤い軸の。覚えていらっしゃるかしら? モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]、ベルリン、ロンドンと一緒に旅したペンです、そして、様々の夜昼を共にもして)をくれたひとです。おくさんらしく用で来たのですが、わたし一人ときくと(電話)「アラマア可哀想に、じゃおひる一緒にたべましょう」と食料もって来てくれたわけです、一緒にパンたべ、玉子もたべ(大したことでしょう)ゆっくりして、いろいろ家のこと、その他(鶯谷のすぐそばで沿線五十メートルの中に入り家がチョン切れることになったので)話し、今、息子からさいそくされてかえりました。
そこでわたしはお握りを一寸たべて、早速かけこんで来たわけよ、あなたのところへ。ああ、やっとよ、というわけで。
さっき、その従妹の来ている間に配
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