す。大いに注意して、かからずにしのごうと思います、一家総倒れになりがちで、ね。いつも、そういう大流行のときは看護婦はなし、薬はなし、というのがつきものです、規則正しく早くねて、冷えないようにしてカロリーカロリー。ね。
営養読本は、来週中にかえして貰います、かりたひとは先をうつして返すのですからすこしゆとりをつけました。
『同盟週報』は毎週土曜日発行ですね、どうかしら、半年も払っておきましょうか、毎週きっちりつい行きかねますから。
『外交時報』は又神田ででもないと駄目らしいわ。この次の火曜日かえりによりましょう、隆治さんに本を送る中に、何か一寸可愛いものを入れてやりたいから。それも買いがてら。この頃は実に何もなく閉口ですが、神田に井上という美術専門店があって、そこにはちょいと愛嬌のあるものがあります。
きょう『同盟週報』の一月一日号買えました。面白いというのもいろいろの程度ですが、これからお先に一目失礼いたすことにいたしました。
片方の読書の報告をしないで又々バルザックですみませんが、どうぞ辛棒なさって下さい。「木菟党」をよみ終り、一七九五年頃のブルターニュの状況、あの時代ナポレオン時代の紛糾を実によく理解しました。木菟党はミミズクの鳴声を真似て合図とするブルターニュの農民兵で、その首領をめぐりフーシェの派遣した女間諜をめぐり、その女の人間らしい死に方を大団円とする伝奇風の作品ではありますが、ブルターニュ地方の特色、農民の狂信と無智、其を利用する坊主、それらすべてを利用する亡命貴族、その高貴さと卑俗さ、農民の剛直さ智慧とどん慾さ、なかなか大したものです。
この時代の人々(フランス)の間にあったパリとブルターニュとの国[#「国」に傍点]のちがうという観念など、又ナポレオンに対する感情など、実によくわかりイギリスの狡猾さもよくわかります、モロアの「英国史」はこの一七九三年をめぐるイギリス対フランスをどう書いて居りましたろう。
バルザックの筆致は極めて簡潔です、正確に、そして血肉をもっています。ディケンズが思い合わされます。「二都物語」において、ディケンズは果して、イギリスのフランスに対した真髄をとらえ得たでしょうか、其とも寛大な紳士を描くことしか出来なかったでしょうか。そういう点から又よみ直して見たいと思います、ヨーロッパの文学は、こういう共通な一つのテーマをめぐって、おのずから対比も出来、作家の力量について考え学ぶことも出来、本当のヨーロッパ文学研究は、そういう風なコンプレックスをもって学ばるべきですね、その国々だけの一本の棒の上を這うのではなしに、ね。バルザックの農民というものに対する考えかたもこの「木菟党」でいくらかわかります、その実力のいろいろな面を知って、つまり祈祷させておくにかぎるということになったのね、それもいきり立たない念仏で。フルマーノフの小説で農民をかいたのがあったでしょう? 大変よく研究されて作者の活動を反映していた傑作でした。バルザックの農民は、この小説では特に頑迷なブルターニュを扱っていて、そこにやはり見るものは見て居ります。
「誰が為に鐘は鳴る」という小説ね、第二巻もまことに面白く数々の感想をそそるものでしたが、バルザックのこの小説のように関係をもった国々の同時代を扱った作品までを考えさせるだけ統括的なものは感じさせません。そこにあの作者の規模が示されているのだということを改めて感じました。あの小説の主人公であるアメリカ人があすこでああいう動きをする、それにつれて、アメリカというものについて更に知りたいと思う心持は直接には浮びません、更にあの山人たちが、どう思って外来者をうけ入れているかというようなこと、つまりあの事件の全性格はくっきりつかまれていないのです。時間の問題その他の関係もありますが。
ユーゴーの「九十三年」という作品があり、殆どバルザックと同じ時代を扱っています、よみはじめたらユーゴーのロマンティシズムとはこうも有平糖でありスコットの亜流であるかとびっくりします。チェホフがね、ゴーリキイの若かったときこんな注意をしてやったのよ、君、君の小説では風が歌ったり波が囁いたりするね、しかし風は吹くのだよ、そして波はうちよせるのだ。自然は其で十分美しく立派なものだということを会得したまえ。ユーゴーがこう云われたら、何と返事していいでしょう、何故なら彼は美文の1/3は削ってしまわなくてはならないでしょう。おそろしい悪文ね、饒舌で冗漫です、そのくせ粗雑な描写です。このユーゴーの亜流がデュマであったというのがよく分ります。「ミゼラブル」が傑作であって、しかし家庭文庫の中に光るものであることが何と沁々わかるでしょう。こういう大家は文学の上では悲しいと思います。しかし大家よ、パルテノンに埋っています。
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