で暮しているから時々妙にこわがるという結果です。それはわたしのような気質のものが、自分で無理なやりかたをしているとき(ひとまかせで結構、という人間が足りない腕で自分で万事思案してやるから)生じる哀れな滑稽です。滑稽で終らない結果もおこすから、わたしとしてはそういう自分の未鍛錬の部分も自分にゆるしているわけではありませんけれども。でも、あなたもよくおくりかえしになることね。わたしがおどろいて笑うと、きっとあなたは、だって其はブランカがそれ丈くりかえすということだよ、とおっしゃるでしょうね。
 わたしに百万遍しわん棒と云っても、私はニコついているだけよ。しかし、ブランカは自分の人生をすっかり入れこにした心で暮しているのに、そんな風に思える時があるというのは、よほど、やりかたに下手な未熟なところがあるのだね、と云われれば、其は全く一言もないわ。きっとあなたに私のそういう弱点はいくらかにくらしいのね、どうもそうのようよ。あなたのおどろくべきところは、ものの批評が深く鋭くのっぴきならなくあるにしろ、辛辣な味というものの無いところです。その立派さでひとは説得されます。わたしは、自分よりよほど立ちまさった天賦としてそれを見て居ります。魯迅が細君にやっている手紙の中で、女のひとが、辛辣以上に出る例は稀有だ、と。わたしの修業の一つに其が項目となって居ります。むき出された鋭さ、鋭さをつつみかねる人間的器量の小ささの克服。もしブランカ的素質[#「素質」に「習癖(?)」の注記]のために、折角のあなたが、家庭的な細部から辛辣さを滲ませるというような癖になったら其こそ一大事です。わたしとして慚死に価しますから。ことしは一度もそういう苦情はお云わせしまいと思うのよ、確かにわるくないでしょう。わたしをその点で御立腹なさらないで下さい。そして何となくにくらしいみたいに思わないで、ね。
 ことしは思いがけず「春のある冬」の続篇が刊行されました。ごく簡素な装釘です。でも、内容の美しさはひとしおよ。近刊の続篇は「松の露」という、実に清楚な、而も情尽きざる作品です。
 文集には「珊瑚」というのもあります。めずらしいうたですから、月半ば以後におくりものといたしましょう。きょうはさむい日なのよ、雪がふったら面白いのに。では四日に。

 一月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 一月九日
 なかなか寒うございます、頭がしーんとなる位ね。
 今のわたしは珍しい納り工合で、これをかいて居ります、二階でね、坐っているのは例のとおり例の机です。こう冷たくては堅い木がむき出しではたまらないから、机かけでもかけた方が落付ける。でも程いいのもない、厚くて、ものをのせたり書いたりしてずらないようなのは。ああ、昔父がロンドンでつかったオリーブ色のぼったりした野暮くさいテーブルかけがあったっけが、どうしたかしら。虫くいかしら、あれならいいが。こんなこと考え考えしているの。そして、更に更に珍しいことには、机の横に火鉢というものが出ていて、その中に火というものがあるの、びっくりなさるでしょう? どうしてこんなに自分をもてなしているかというとね、或はお客があるかもしれなかったのでした。古本やさんをやっていて河出につとめたTさんという人が、今度徴用になって立川につとめます。出征ではないけれども、字ばかりひねって四十になった人が、キカイを習うというのは、やはり改った事と思って細君と赤ちゃん一緒によびました、赤ちゃんが人工営養で、ゆっくり出来ないと云っているうちに公衆電話がきれてしまったの、五銭きりもっていないんだけれど、というところで。だからもしかしたら来るかと思ったので、炭をはずんだところ来ず、わたしが珍しい納りかたとなりました。机とかぎの手に、二月堂机をおいて。大したもので、お正月のようです、膝にも毛布かけて。その毛布たるやわたしが生れて百日目に札幌へゆくときくるまれて行ったという年功ものですが、なかなか暖いのよ、まだ。
 今年は、二日の手紙にかいたように昨年と暮しかたを変えて、自分の線をはっきりさせて生活しようと考えています、そのためにたとえばきょうにしろ、こうやって二階に落付いていられるのはうれしいの、そういう気分になれている自分がうれしいのよ。国咲は国府津へ行っていません。先なら気がもめてくしゃくしゃしたのに。生活の責任というものをどう考えているのかと思ったりして。Tも赤倉まで行って甘酒しるこも食べて、雪をすべってかえって来る位なんだから、こちらでこせこせ気をもむがものはないと思って。そこで、こうして静心《しづこころ》でいる次第です。わたしもいくらか修業出来たというものでしょうか。
 今年は又スペイン風邪大流行の由です。どうぞ、どうぞお大事に。わたしは経験があるから大きらいで
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