テ」や「プルターク」については、探すもくやしき一場の物語があるわけなのよ。「プルターク」だって全部揃ってもって居りました、カーライルの「フランス革命史」や何かと一緒に。そして、それらは震災にやけのこった本共でしたから、日本にとって決して意味ない本でもなかったのです。たしかに古い本[#「古い本」に傍点]の鬼面におびやかされすぎたのね。あわれ、その若武者も風車を怪物とや見し。
柿内さんの云っていること、全くそうね。きのう三宅正太郎さんが、「へつらい」のない世相をのぞむのが自分の悲願だ、と云う話を発表して居られ、関心を引かれました。へつらいを、すべてのひとは軽蔑し、しかも殆どすべての人々がそれに敗けます。アランが「デカルト」をかいて冒頭にこうあってよ、「それはまだ屈従というものを知らない時代だった」と。へつらいのおそろしさはへつらいの心理が根本的に非節操的なものであるから対象が変るごとに何にでもへつらうということです。へつらいの愛国心が国を破るのはこの為ばかりです。柿内さんと同じような意味で、「隠れた飢餓」ヴィタミンの欠乏状態が前大戦のドイツをどんなにひどいことにしたか書いている医者がありました。「隠れた飢餓」と云うのね専門で。ヴィタミンの欠乏を。そう云えば、メタボリンはいかがでしょうか、もうない筈と思いますが。ともかく届けておきましょうね。
二十三日のお手紙には珍しく詩話があって、大変愉しく頂きました。あの詩にはね、続篇のように、泉の歓びというのがあるのよ、あれは牧人の側からのですけれども、それはその森かげの温い泉の方からうたわれています。軟かな曲線で森にいたる丘のかげに泉はいつから湧いていたのでしょう。白いひる間の雲、色どりの美しい夏の夕方の鱗雲のかげが、泉の上に落ちました。或る大層月の美しい早春、一人の牧人がその泉に通りがかり、何ということなしそのあたりを眺めて居りましたが、渇を感じたのか、何の疑う様子もなく、その前に膝をつき、泉に口をつけました。泉は、日から夜につづいていた半ば眠たげな感覚を、その不思議に新しい触覚で目ざまされました。はじめ泉は、自分がのまれているのだとは知りませんでした。ただ、どこかから新しく自分の力をめざまさせる力の来たことを素朴におどろきました。そして思わず、さざ波立ちました。泉の上にあった月影はそのとき一層燦き立ち、やがて、くずれて泉の
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