うせず、しかもこの位の字は相当の事業故、板ばさみで些か閉口です。本当に眼も永いことね、こんな字にしろ半分はカンで、長年の馴れでかくようなもので白い紙にゴミが散らばったような感じね。
 すっかり初夏となりました。夜のかけものがいつの間にかあつすぎて、すこし汗ばむような工合になるのも五月という気候の風情です。段々病気もゆるやかになって体のまるみもついて来て、自分で新しくそれを感覚するようなときの初夏には、云うに云えない若やかなものがあって面白い感情です。自然のうつりかわりが実に生々と新鮮によろこばしく映って。
 でも、二三度外へ出てみると、このあしかけ二年ほどの間にいろいろ世の中の様子が変化したのを感じます。それも沁々と感じます。日本の人は万事にゆきとどくという美点をもっているのでしょうね、しかし大まかさにも自然のゆとりがあって人間らしいふくらみがある筈です。ゆき届きすぎて非人間めくのは、利口馬鹿のやりてな女ばかりでもない様子です。
 こないだうち珍しいから目をみはって歩いたけれど、もとのように思い設けぬ飾窓に、びっくりするほど美事な蘭の蕾の飾られてあるのや、それが珠のように輝いたりする眺
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