ンさんは旅行で、一切書きかたは中止中です。

 四月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 次の日かきつづけるつもりであすこ迄かいたら、三日休業になってしまいました。きょうはすっかり春めいて太郎は庭で土いじり。白木蓮の花がさき丁字の花がにおって私は久しぶりに外へ出て柔かい庭の土を歩きました。昔秋、田町の道の上でかぶっていた白いパナマの古帽子を日よけにかぶって。この頃は、でも、疲れると何も出来なくなり、おとなしく床にころがっていられるようになったから自分でも安心です。
 横になってゆっくりとあれやこれやお手紙について考えて、臥たのも大変よかったと思って居ります。あなたがああ云って下さることのうれしさがしんから湧いて来て、段々仕合せを感じ、すがすがしいような健やかな流れを身のまわりに感じます。この節はどこもバタバタ暮しです。そして人と人とのいきさつは、互の好都合というところで廻転して、その点ではいつかいやにわかりがよからざるを得ないようになって、夫も妻も、一寸山内一豊の妻めいた才覚が働くと、一も二もなくそれに兜をぬいでしまうし、ひどいのは猿まわしの猿つかいのようになり、小さ
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