は文学より外の刺衝が入用であり(志賀直哉の時代に美術と音楽がそうであったように)近代ではそのミディアムがもっと科学に接近してい、しかも科学の資質では文学そのものではなく、例えば「北極飛行」は全く新しくよろこばしい文化資質の典型の一つでありますが、文学作品ではなく、文学作品として「ピョートル大帝」がやはり今日までは大作として代表され、しかしあの資質は決して「北極飛行」よりも新しいものではありません。ここにも文学の資質の新しく発現する可能のむずかしい過程があります。これから後十年経てば、この問題はおのずから全く新しい答を見出すでしょう、しかし、おそく花の開く国ではあとまで考えられます。だから或時期における文芸批評の大切さというものは想像以上であると今更思われます。或意味でより若い新しい資質がそこに発芽するのは当然であり、より旧墨になじむ文学的資質はそれと摩擦し、しかし一方で魔法の杖のように新しい資質へよびかけそれを引き出すものです。新しい文芸評論は既に自身の新たな分析力による段階を脱し、分析しつつその分析の美しさ精神のリズムの綜合的な魅力でそれをおのずから綜合的な創造的な鼓舞へ向けてゆくも
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