表などという単純なものでもないでしょう。
私の燐の注射はもうすこしで十本終りますが、二十本を一クルスとする由。そして何ヵ月か休んで又いたします。静脈は、やはり気重いのよ。小児科の林先生は上手だし、神経質でないし、音楽がすきだったりしていい人ですが。静脈が細くて工合わるいのは、私の弱点で、いたしかたもない次第。
風邪をおひきにならないように、どうぞね。
九月二十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
九月二十五日
きょうは七十度よ。涼しくて体が楽なので、二階の部屋の大掃除をして働きました。ごみになった顔を洗ったところへお医者が見え、静脈を出したら、働いたばっかりだったのでふくれて見やすくて、痛くなく助かりました。
九月二十三日は、やがて『週報』で御覧になりましょうが、日本の国民が初めて経験するような生活の大切りかえの方針が公表され、昭和文化史の上に一つの記念すべき日となりました。学校は理工系統をのこして、法文科は殆ど廃止、廃校になります。音楽美術文科は伝統を今日までで一応うち切りとするわけです。
音楽学校の卒業式がこの三日間つづけてあり、それが東京の上野の音
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